2011年12月8日木曜日

ドナドナは戻ってこなかったと思うけれど

カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)の「ラメント・ボリンカーノ」。


歌をギターと足で演じるカエターノ。こんなふうに歌い始める人は見たことがありません。
ライヴ「粋な男(Fins Estampa)」から



プエルトリコの作曲家ラファエル・エルナンデスの曲を歌っています。


農夫が荷を積んで町の市場に幸せ一杯に出かけます。もし荷が売れたら、妻(母?)に服を買ってあげようと道々楽しげに歌いながら行くのですが、町へ着いても誰も荷を買おうとしない、町は貧しさで死んでいる、農夫は泣きながら、ボリンケン(プエルトリコ)私の国は、私の家族はどうなるのでしょうと神に問いながら、帰ります。


わたしは昔、友達にこの曲を紹介したとき、丸々日本語の訳詞も付けたことがあります。スタジオ録音版のCDの訳詞です。
YouTubeもないころで、曲だけでは話の展開がわかりにくいと思ったのですが、友達は当惑したことでしょう。「貧しい」に弱いわたしが、カエターノのこの歌を聞く度に涙してしまいそうになることは話しませんでした。わたしには、「情」はあまりないのですが、貧しさのツボ、があるのです。


歌の終わりはこうなっています。


Borinquen, la tierra del edén      エデンの地ボリンケン
La que al cantar, el gran Gautier     偉大なガウティエが歌のなかで
Llamó la perla de los mares.       すべての海の中の真珠と呼んだ
Ahora que tu te mueres         今、おまえは死のうとしている
Con tus pesares             悲しみとともに
Déjame que te cante yo tambien.    わたしにもおまえのことを歌わせてほしい
Yo también.                わたしにも





それはともかく、市場は売り手と買い手で賑わっていて欲しいです。