2012年7月4日水曜日

痛い目に遭っちゃ駄目だよ

今年は、私はまだのんびりとしていられる。家族のことで、今のところ心配するようなことがない。もちろん、こういった御時世だし、生まれてから今まで、それなりに〜だし、書いている矢先に、遠方から連絡が入ったり(大丈夫だったが)、今年は既に慌てふためいたことが幾つかあったのを思い出したが、そこは省略。普通普通。


家族のことで心配をするといえば、やはり、子どものことが一番である。幼稚園に入園してから先は、親である私も、もう一度苦手な集団教育や学校生活を体験(追体験?)することになり、学校も昔とはかなり違うので、とまどうことも多かった。


また、うちの子どもは私に似てお調子者で、それが短所でもあり長所なのだろう、腹が立つこともあれば、本当によく耐えて頑張ってきたと褒めてやりたいと思うこともあった。
腹が立つときは叱り飛ばしたし、子どものいないところであれこれ思い出しては、「この子も、ちょっとは痛い目に遭えばいいのに」と思うこともあった。


痛い目に遭って少しは学習をすればいいのに、というわけだけれど、結局、回り回って痛い目に合うのは親のほうだと分かった。


人を呪わば穴二つである。


「苦労は買ってでもさせろ」というのは間違いで、苦労は放っておいても向こうからやって来ることが多く、まして、こんな世の中だもの、ただでさえ暗いのだから、出来るだけ子どもの幸せを祈ることにした。
私は世話好きではなく、子どものためにと走り回ることはなかった代わりに、祈ってやるくらいが親子関係として釣り合いが取れているのかなと思うのだが、これは言い換えると、口は出すが手は出さない、ということだろうか。
それに、祈るのも心配するのも紙一重で、あまり上手に出来なかった。母親である私の学習能力も低かったのである。


こんな母親でなければ、この子は幸せだろうにと思い悩まなかったことはないのに、私はいつのまにか、のび太のママみたいになっていた。


ともあれ、今度から、上手に幸せを祈ってみよう。



ところで、追体験した学校教育のことだが、昨日、最近のPTAの役員を決めるときの話を拝見した(*安東さんのブログ)。
自分の頃はどうだったかと振り返るまでもなかった。PTA役員ができるかどうか、毎年事前アンケート調査が配られ、それを参考にして前役員さん達が調整しながら、保護者会で何とか役員を決めたのが、ありありと蘇る。だけど、拝見した記事と比べると、もうはるか昔のように思われた。
今は、さらにシビアだ。
みんなの前で説明しにくい家庭の事情というものが、切実である。
いろいろと思うことがあるのだけれど、また今度。
私自身は、一人一回は役員、ということで経験したが、よい経験だったと思う。皆さんお忙しいので、余計な集まりもなかった。あとは、役員さんが用事があるときに会議に代わりに出たり、文化系の催しに時折出席した。体育系は、運動できる体ではないのでパス。少しは学校や皆さまのお役に立てて嬉しかったが、○○長という責任者はとてもじゃないが、出来なかったと思う。




*安東英子さん 片付け・収納・リフォームブログ
      「素敵な暮らしの扉」住まいの空間プロデューサー(top)
      PTA活動2 2012年7月3日


いつも余所様のブログを勝手に引用させてもらって、すみません。
私には書けない内容のことばかりなので。