2012年8月11日土曜日

詰まったり、詰まらなかったり

昨日は、ピアノのお稽古だった。例によって例の曲を弾く。
今まで、生徒(小さい子をのぞく)を滅多なことでは褒めない先生が、「うまくなったじゃない」と仰ってくださった。
でも、うっかり「うっ、まく」と言いかけてしまったので、仕方なく最後まで言い切ってしまわれたようだった。
さらに、「やれば、普通に出来るじゃない」。それこそ行きがけの駄賃(7/6)で言っていただいた。この先生は、前記事のA先生ではない。うさぎブログのU先生とお呼びしよう。
ともあれ、最初が悪すぎたので、ようやく何とか詰まらずに弾けるようになっただけのこと。スラダンでいうと、花道がジャンプシュート決めて、花道を知る他校のチームがびっくりしている感じ。


私が長い間習っている割に、余りに進歩がないし練習もしないので、いつだったか、
「練習するのが好きじゃないのだったら、他にしたいことがあるんじゃないですか。ピアノでなくても、趣味はいろいろありますよね」
と、先日引用させてもらった斎藤雅広さん(8/2記)ではないが、先生にも私は言われたことがある。大変、ショックだった。私は、U先生に教えていただいていることが、大いなる喜びで自慢だった。U先生は、教師でもあるが、素晴らしいピアニストで、これ以上の先生はいらっしゃらないと思う。
うーん、破門?

そういえば、斎藤さんが、よもや私のブログに目を通されることはないと思うが、私に都合の良い抜き書きをしてしまったので、
あれでは読む人に誤解を生じていることだろう。もう少し丁寧にフェアな書き方をすればよかった。斎藤さんも、U先生も、いきなり学習者を門前払いをするとか、別の道を行けと言われているわけではなかった。
現に斎藤さんが、NHKの「趣味悠々」で教えていらっしゃるのを一度だけ見たことがあるが、初心者のために曲をアレンジして、音楽的に、弾く人も聞く人も満足できて共に喜べるように工夫をしていたし、とても丁寧に指導していたのが印象に残っている。
生徒を選び、ハードルを上げて、これを飛べない人は駄目よではなく、レッスンの場に利権も特権もそこには設けていなかった。

私が保存しておいた、その斎藤さんの「Q&A」は、プロを目指す人たちに向けての、覚悟を求める叱咤激励だったと思う。周囲から変人と言われてもやりたいのならやりとおせ、のたれ死にしたら親は骨を拾ってやれ、とまで書かれていた。プロになるなら、音楽でもスポーツでも、お金が掛かるというのも真実だろう。過激に見える部分以外をきちんと書いておくべきだったと反省している。まあ、大部分が意図的に過激だったが。

ところで、私の場合、私自身が進歩がなくて辛い以上に、U先生も苦しかった、つまらなかったのではないかと思う。いくら辛抱強く、練習の仕方まで細かく教えても、やってこない生徒には、時間もお金も無駄だと思われるのは無理がない。私も、友達が何かで行き詰まっているのを聞くと、気分転換や別のことをやればと勧めるもの。

要は、今回たまたま引用させてもらった教師としての斎藤さんもU先生も、生徒のやる気を問うていて、真剣な質問なら内容が稚拙に見えたとしても答えてくれただろうし、斎藤さんは生真面目にQ&Aで回答していた。斎藤さんに限らず、先生というものは、必ず何とか応えてくれる有り難いものだと思う。

ということで、私も生徒として、初心忘るべからずと姿勢を正すことにした。楽しみでやっているので、音楽を聞きかじるだけでも上澄みだけでも充分と思うけれど、レッスンでは、近頃なあなあで適当にやっているという感じで、先生には申し訳なかったと反省している。


さて、昨日は先生に持ち上げていただいたが、いつも通り、すぐ「口を開けたまま、しゃべるような弾き方をしない」、「リズムはウッ、ダダ、ウッダダではなく、ウタタウタタ」など変なところをいっぱい訂正していただいた。
どういう弾き方がいいか、自分でも試すように言われた。もちろん、前々からそうするようにご指導はあったが。その試行錯誤もあまり無駄なことはしないように、教えてくださっている。ただ、先生のお宅を一歩出ると、すっかり忘れてしまう。

気分が乗っている間に練習をしよう。私はいろいろとすぐ落ち込む質だ。人生球拾いのつもりで、気分を上げよう(この間、久しぶりに野球をちらっと見たからね)。

最後に、全然関係のない話。お金持ちのご一家がご近所にいらっしゃるのだが、とてもダンディなご主人に「こんにちは」とご挨拶をすると、「はいはいはい」と返事をしてもらったことがある。私のような貧乏人は、子どものようにしか見えないのかもと思った。


いやあ、お金持ちは、何事も煮詰まったりしないのだろうなあ。
「はいはいはい」。この調子で、しばらくやってみようかなあ。