2012年11月9日金曜日

ニットには、ほつれのん

スーパーで買い物をし、持参の小さな折りたたみ袋(エコバッグ)にあれこれ詰めていたとき、バッグのマジックテープにストールがからみついてしまった。
去年まで、ストールを巻いて長く垂らすなんてことがなく、せいぜいがマフラーなどを巻いて上着に押し込むことが多かったので、こういうのは初めてだった。

冷や冷やしながらストールを剥がした。スーパーのレジ袋は前のようにロゴ入りで結構、そこで買い物したよと広告するから、名目「無料」配布して別のところで価格に転嫁してくれるほうが、いいなあ。それにもう物の価格なんてよく分からない。

ストールは破れはしなかったものの、毛羽立っていた。糸が出ているところは、「ほつれのん」を適当に刺して、目立たなくした。「ほつれのん」とは長いお付き合い。







ほつれのんを突き刺して、裏へ通す。


すると何事もなかったかのように、
ほつれが収まってくれるのですが、
意味のない撮り方をしていると気がついて、
ここで止めてしまいました。
また、切りかぶのほうに載せます。

ははは。


ほつれのん(京都のみすや忠兵衛さん)

もうひとつ。乗り物がすきなので。でも、乗れるのは自転車だけ。
ライブドアの痛いニュースに、広島の会社の「タケコプター」ならぬ「一人乗りヘリコプター」(広島県府中市ヒロボー、松坂晃太郎社長)が紹介されていた。


「時速100㎞で30分間飛行が可能な電動ヘリコプター! 
電動式のためエンジン式に比べて騒音が少ない」




画像もお借りしました


ヒロボーさんのボーは紡績の紡だそうで、もとは「広島紡績」。前社長松坂敬太郎氏(2011年死去)が業種転換されたらしい。無人ヘリコプターの会社として知らない人がいないそうなのだが、私は全く知らなかった。
ヒロボー株式会社home




2012年11月7日水曜日

ああ、何だかいろいろ遠ざかっていく

タイトルとは関係ない話。
皮膚科へ行くと、「11月12日は、いいヒフの日」というポスターがあった。ポッキーの日の翌日だ。蕁麻疹は落ち着いたが、ふと加齢のせいで、発疹やかゆみが起こるような話を思いだした。

ところで、前回の11の占い?とかで、書き込んだ4曲のうち、最後がレニーニの「Jack Soul Brasileiro」 だった。わたしの○○を表すらしい。家人は、ちょうど歌詞を訳していたラサ(Lhasa de Sela)の曲にしていた。ラサはお父さんがメキシコ人で語学研究者、お母さんはアメリカ人で写真家・女優、キャンピングカーで育つ)

曲はYouTubeでもアップされているが、ほとんど聞いたことがない。歌詞だけ写させてもらった。




El payande(パヤンデの樹)



Nací en la playa de mar y arena,

わたしは海と砂の浜辺に生まれた

Bajo la sombra de un payande.
パヤンデの樹の陰だった

Como mi madre fue una esclava,
母さんが奴隷だったから

También la marca yo la llevé. 
同じようにその印を付けていた


¡ Ay !
ああ
Suerte maldita de llevar cadenas,
鎖を付けるなんて呪われた運命
Y ser esclava, 
奴隷だなんて
Y ser esclava de un vil señor.
下卑たご主人様の奴隷だなんて

繰り返し





***


*映画 「マンディンゴ」(1975年)見ていませんが。レンタルする勇気もあるかどうか。BOBさんという方のところにご紹介記事があります、2011.3.19記事。

映画「リンカーン 秘密の書」(2012年、ティム・バートン、ティムール・ベクマンベトフ監督wiki.jp)というのが公開中だとは知りませんでした。
こちらは、デジタル・クワルナフさんの記事で(2012.11.4)で知りました。リンクが変かも。
同じくクワルナフさん(2012.9.02安彦良和さんの「古事記」や「ヤマトタケル」をいつか読んでみたいと思いつつ、コミックや書籍を購入する余裕がないのが残念。
冲方丁&三宅乱丈「光圀伝」も面白いと聞いています。





2012年11月4日日曜日

今週の覚え書き 縦に11。

11月は豪勢に1ばかりが並び立っている日が多いような気がする。実際は11.1, 11.11だけだけど。
そのせいか、11の項目を書き込む占い?を思い出した。2007年くらいに、ともさかりえさんのブログで紹介されていて流行ったそうだが、私がやってみたのは3,4年前だった。
人名や曲名を書くのは覚えていたけれど詳細を忘れていて、紹介してくれていたブログも閉鎖されたようで分からない。検索してみたら、幸いにもやり方を書いてくれているブログが幾つか出てきた*
縦に1から11まで数字を先に書いておき、指示に従って、興味のある人(異性)の名を書いたり、知り合いの名を書き込んだりして、最後のほうは歌のタイトルを書き込むことになっている。

私は、一体どんな曲を書き込んだのだろうか。最近、いろいろと気を取られるがあって、音楽をゆっくりと聞く暇がない。書き込んだ人の名は覚えている。家族の他は、著名人二人。実はその二人や音楽にまつわる結果が面白かったので、この占い?を気晴らしに書き込んでみた紙の端切れをまだ持っていた。

著名人というのは一人はハドリアヌス帝で、もう一人は当時の首相である。だから、3年くらい前だと覚えていたのだが、今なら誰を書き込むかなあ。
それよりも驚いたのは、音楽の選曲だった。よく当たったという記憶しかなかったのだが、改めて見ると面白い。うーん、これもまた今なら何を選ぶだろうか。
まあ、皆さん、やってみてください。*「占い?ーつれづれ」さん

でも、1番の横には数字を書き込むのだけど、これは意味があるのかな。


続けて数字の話。C先生のブログで紹介されている記事を拝見しては、世間の動きを教えてもらっているのだが、先日は、一年で7,500~7,600億円の赤字を2年続けて出した会社の話があった。掲示板に書き込む人は皆面白い。
一日あたり20億はともかく、
「0.01秒で230円幾ら、たいしたことがない」。
このセンス、いいなあ。そして、次の人が一秒で24000円、一分で幾らと書き込みが続く。

また、あるブログで「イマドキの経済人の言葉」というのが紹介されていた。気になって検索すると、つい2,3日前から遡って2010年、2008年と割と前から幅広く紹介されている記事のようだ。
さて、その「イマドキの経済人」の言葉を読むと、げんなりする。豊かさが丸っきりない。デフレ大魔王に仕える鬼たちみたいだ。
かといって、「昔の経済人」の松下さんも、安く安くと値段を下げてくれて有り難い神様のように思えるが、工場の海外移転は早かったと聞くし、結局従業員を大事にせず、製品も消費者も安物にしてしまったのかもしれない。
わたしも価格を比較して安い物をもちろん探すけれど、本当に欲しいものは、デザインがきれいで壊れず、お金を出す価値があるものだろう。

最後に。さっきの一日あたり幾らと計算してくれていたサイト、今度は別の会社の、6段階下げの説明が面白かった。軍隊でいうと、少佐から軍曹に。みんな博学で反応が早い。
少佐   この辺にいたのが、
大尉
中尉
少尉
准尉
曹長
軍曹   だそうだ。

でも、どうして日本、こんなになってしまったのだろう。
国家破産や借金の脅しに負けないほど、円が強いせいか。

そうこう書きながら、この土日もデフレに協力したような過ごし方だった。



2012年10月31日水曜日

書けば他愛もなく

書いているそばから嘘になったのが、夜のこおろぎ2。週に二度三度、自転車で帰る人の歌声が聞こえていたはずなのに、全くそんな気配はないようだ。一度だけ、例の時間帯、夜の11時半頃に若い男性の歌声が聞こえたのが、ノリが悪かった。切れが悪い。別人だと思う。

書いているそばから本当になったのが、女医さんの話。早速女医さんに会うことになった。

私は、秋の花粉症で10月初めから皮膚のトラブルが続いていた。一度は治まりかけていたものの、胸の付近に発疹が出来て、4,5日前から夜も眠れぬほど痒みが酷くなった。すると、いろいろぶりかえすように、衣服と触れる箇所もかぶれたり、体のあちこちに発赤も広がる。
とにかく痒いので、皮膚科で内服薬を処方してもらったほうがよさそうだと思った。

でも、来週は病院の定期検診があり、前回の血液検査結果を聞く予定だし、この皮膚炎が万が一内臓系の病気からの可能性があるのなら、病院内あちこち回ればいいから、我慢しようかとも考えた。
いや、でも胸をかきむしりたくなるほど痒かったので、皮膚科の女医さんに診てもらいに行った。5年ぶりの診察だった。先生は白いお顔で華奢な感じは変わらず、それでいて風格が漂っていた。

やはり蕁麻疹ではないかということで、いきなり「しいたけ食べた?」と聞かれた。いえ、しいたけは食べていませんと答え、頭の中で最近食べていない理由を呑み込む。
蕁麻疹の原因は、食品以外にもさまざまで、疲労や寒暖の差によるものもあるらしい。道理で、朝起きて着替えている間に、それまで何ともなかった皮膚に、発疹や発赤が急に出来るわけである。
胸や腕、脚など丁寧に観察してもらって、処置室で看護婦さんに薬を塗ってもらうことになった。看護婦さんも前からいた人だった。私の平原のような胸に薬を塗ってくれた。

先生が処置室のカーテン毎に、患者の具合をチェックしに来たとき、思い出した。頭のてっぺんにも、ほんの小さく盛り上がった箇所があって、傷になっているのだろう、そこに触れると痛い。
先生に「いつから?」と聞かれて困った。覚えていない。朝目覚めたら、ベッドのヘッドに頭をぐいぐい押しつけて寝ていたことがあったので、そのせいかもしれないと話した。籐のベッドで、巻き目に頭が当たっていたのである*(訂正)。
でも、それがいつかは覚えていない。何だか、自分が馬鹿というか呆けたような気がした。
先生は虫眼鏡でよく見てくださって、抗生剤入りの薬が追加となった。

薬局では、薬剤師さんと一緒に下を向いて、カウンターに置かれた薬と用法の説明を聞いていたが、最後に「頭に傷ができちゃいましたか」と明るい調子で声をかけられた。私は顔を上げて、そうなんですと笑いかけ、カウンター向こうの薬剤師さんを見た。薬剤師さんは、ツルッツルの頭に指を突き立てていた。私は、つい視線をその頭に留めてしまった。

でも、昨夜書いたとおり、J'ai mal à la têteである。頭痛ではないけど。


*書いたすぐそばから、訂正。ベッドのヘッド部分には、頭を傷つけるようなものはなかった。籐をジョイントして巻いてある部分も上の方だけである。でも、傷の部分にぴったり当たる箇所があってそのせいだと思ったのだけれど。
籐の家具は、軽いし、通気性が良く、丸くて当たりがよく、体を傷つけないのが長所。うちのベッドは、借家の畳の上に置けるということでそれにしたのだが、古さに馴染みすぎている。色を塗り替えてみたいとよく思う。
ベッドは、ファブリックで8割は決まると思うのだが、カバーなど買うと高いし、作るのは大変そうだし。


2012年10月30日火曜日

帽子の続き、頭を守ってもらおう。

私は子どもの頃もよく帽子を被っていたが、大学2,3年生のときにスーパーで麦わら帽子を買って以来、外出時はずっと帽子を被り続けている。何せ、頭が弱いのである。

夜目遠目笠のうちで、顔も隠せる。目深に被って、七難隠してきた。

最初の、リボンではなくちょっと派手な赤い生地が巻かれた麦わら帽子はお気に入りだったけれど、風にあおられて飛んで、川の中に落ちてしまった。

広島は川が多くて、自転車で急勾配の橋をなんとか上り切り、下り始めると吹いてきた風に帽子がよく飛ばされる。帽子留めを買うまで、その麦わら帽子以外にも一つや二つ犠牲になった帽子はあるかと思う。
ぴたっと欄干の上に着地して、難をまぬがれた帽子もあった。

さて、その麦わら帽子から、もう30年近く被ってきたというと、そこそこの帽子のコレクターかと思われるかもしれないけれど、全くそうではない。
幸か不幸か気に入った帽子と出会うことはまれで、実用本位の帽子を買うとどれもなかなか長持ちして、暑さ寒さをしのいでくれているので、数は少ない。

お気に入りの帽子のひとつが、前回、写真を撮ってみた帽子である。広島市役所から路面電車ですぐ次の電停近くに、アーケード付きの地元商店街があって「鷹野橋商店街」というのだが、その西口のアーケードが切れた付近にあった雑貨屋さんで買った。
私は、その商店街を通らずに外の通りから回り込んで行くことが多かった。当時は、その通りも賑やかで、人がよく歩いていた。今は中心部なのに少し寂れ気味。
雑貨屋さんはというと、小さなビルの1階テナントに入っていて、コンクリート打ちっ放しの狭い狭い店舗だったが、ぎゅっと面白いものが詰め込まれていた。
今のカフェ兼雑貨屋みたいなシンプルテイストでスカした感じではなくて、現代アートや普通のポストカード一枚からCDにファブリック、アクセサリーに店主がヨーロッパで買い付けてきたという鞄や靴まで、店のテーブルやチェスト、壁一面に素敵なものが所狭しとあった。
あのお店を思い出すと決まって、昔テレビで見た古い映画「若草物語」の雑貨屋も思い出す。4人姉妹がクリスマスプレゼントを買いに行くお店で、キャンディも本も手袋もそろっている雑貨屋さん。さすがに大きなお店だったが。

結局、帽子を買ったお店は、街中のメジャーな通りに移転し、今でいうハイソな感じになってしまい、私は行かなくなった。500円で買えるものを探していたのに、数万円の洋服や鞄、靴がメインになっていた。

ああ、帽子の話だった。頭が弱いので、すぐネジが外れる。

このFred Bareと内側にラベルが付いた帽子は大変なお気に入りで、色違いで黒も持っている。どちらが先か分からないけれど、一つ買った後、すぐ色違いを買いに行った。私は黒自体はあまり着ないが、帽子も靴などと同様に黒系、茶系と必要で、この帽子は他では見かけなかったから、色違いを買っておいてよかったと思う。
目立たないけれど、ハートマークが分厚く縫い込まれている。ただ、深く被ると髪がぺしゃんこになってしまい、帽子を取った後が大変。また、子どもが小さいときは汗も気になるということで、だんだん被る頻度が減り、ここ暫くは被ることはなくなっていた。

それをいざ、久しぶりに被ろうと思ったら、すっかり似合わなくなっている。仕方がないので、親戚の子にでも譲ってみようかと思った。
洗濯は禁止だけれど、洗っても型崩れしない。
この帽子に代わる秋冬の帽子も買った。それはごく普通の帽子で、質もよくないが、これで古いFred Bareの帽子を荷物にして送れる。

ところが、最後の記念にと写真を撮ってみて、気持ちが翻った。惜しくなったからではない。やはり、ただの古ぼけた帽子に思えたからだ。というより、長い間私の頭を守ってきた帽子で、洗ったとはいえ被ってもらうには気の毒だということにようやく気がついた。

ところで、私はフランス語はこれだけしか知らないのだが、帽子を被るたびに、家のその辺りから、
Tu as mal à la tête? (頭が悪いのか?)と聞こえることがあるので、
Oui,j’ai mal a la tête.と答えることにしている。頭痛持ちだから。



*『魔法のお店』(荒俣宏 編 ちくま文庫)内の「マルツェラン氏の店」(ヤン・ヴァイス作)
老店主が店をたたもうとしているのに、どうしても売れない帽子の話があります。いつまでも新品のままでいる帽子。

 ー 奇妙なことだが、誰もその帽子を持って行かなかった。きっと、多くの人たちは、無慈悲な歳月のことを頭に思い浮かべ、年老いていく顔の上にのった永遠の帽子の姿に恐れをなしたのだろう。

主人公の「ぼく」は続けて、死ぬまでその帽子を被っていろとは強制されていないのに、そんな強迫観念を抱かせる帽子、冷酷な帽子と書いていました。


私は、昔はどんな帽子も恐れることなく、見かけたら試しに被っていました。でも、今はどんな帽子を見ても、被ったときの似合わない残酷さに恐怖心を抱きます。
でも、まあ、深刻には考えません。一生、頭を守ってもらおう。



2012年10月29日月曜日

玄関の柿と帽子 Fred Bare


切りかぶのほうに、
アップする前に、
ちょっと試しに撮ってみました。
帽子は20年以上も前のものです。





帽子の下に顔みたいに写っているのは、
お皿です。

内側を見ると、クマの絵が描いてあります。
Fred Bare Hat Wear
でも、クマはbear、この絵はクマじゃないのかな。

クマが牛に見えたのですが、
やっぱりクマでした。





2012年10月27日土曜日

レーガーのクリスマス曲

初めて自転車に乗った日を思い出す。お使いはしなかったけれど。


自転車に乗るお使い二足歩行ロボット


カラパイアさん(2012.10.25)




さて、今年も準備が遅くて、リストの「クリスマスツリー」12曲*のうち、弾いてみたいと思っていた曲を練習できていない。

昨年は昨年で、12月も迫ってきた11月の終わり、リストは間に合わないから、レーガーのクリスマス曲はいかがでしょう、と先生にうかがったところ、また今度にしましょう、と言われた。
私はスローペースなので、年を越すと思われたようだ。実際、前にリストの2曲を練習したとき、二つともクリスマスを過ぎてしまった。松の内くらいまでツリーは飾るそうだから、いいかもしれないと密かに思ったのだが。お正月は苦手だし。

家で先によく練習をしてから、見ていただくようにしなくては。
先生にも、ときどき、
「今日の出し物はこれで終わりですか」
と冗談交じりに聞かれる。
私がいつもどこでも手持ち無沙汰なのは、手に何か持とうとしないからなのかも。

話が逸れたが、レーガーの曲は、みんな知っている「きよしこの夜」をアレンジした曲で、連弾もあると知って無料楽譜を探したが、
編曲がBenderという方だそうで、残念ながらなかった。

Regerはヘビーな人らしく*、それも私には好ましい感じがするが、この曲は普通に清らかで愛らしい。



 Max Reger 
Weihnachtstraum
演奏はIzumi Watanabeさん










リストのWeihnachstsbaum(クリスマスツリー)s186(当ブログ2011.12.18)
*Reger  「木曾の音楽小屋さん」(top)
 最初にご紹介くださっているのは、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(2007.11.7)

私は、このレーガーをまだ載せていないはずなのだが、肖像写真を見ると馴染み深い気がする。