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2012年12月24日月曜日

今日も意味なく ランダ大佐



映画「イングロリアス・バスターズ」を見直していましたが、
やっぱりランダ大佐はカエターノ・ヴェローゾに似ている、と思いました。



Colonel Landa
レストランで
大好きなシーンです。




ショシャナ役の美しいメラニー・ロラン
監督は、クエンテイン・タランティーノ

ランダ大佐は「ジャンゴ」にも出ているのね。





一方、Caetano Veloso。
特に今日は曲が思い浮かばず。
下の動画は、
「粋な男」ライヴビデオのプロモーションみたいですが、
カエターノの変な動きが見られます。










2012年7月30日月曜日

Virginia Rodrigues e Caetano Veloso 一番よく聞いている曲


ブラジルにヴィルジニア・ホドリゲスという女性歌手がいます
アルバムは主に2枚しか聞いたことがありませんが、その中から特に三曲が気に入って、ファブリツィオ・デ・アンドレのアルバム「Creuza de Ma」やレニーニと同じくらい、それ以上に一番よく聞いているのではないかと思います。

まずアルバム「NOS」(2000)から一曲、Jeito Faceiro(おどけた仕草)。
いつ何度聞いてもミステリアスで、深く引き込まれていきます。
その点、他のアルバムは、たぶん、普通にきれいにまとまってしまって、囚われることがないのかもしれません。印象に残っていません。

この曲は、生きている限りずっと聞いていたい不思議な曲、でも、歌詞を見ていたら、私は死んでいくときは、明るく空へ舞い上がれるような曲がいいかなとふと思いました。自由に。もう何度も生まれ変わらなくてすむように。

でも、深遠な曲というのも幻で、聞いている間の一瞬のこと、さらにこのタイトルが示すように、すべては、おどけた遊びの世界なのかもしれません。


Virginia Rodrigues e Caetano Veloso

Jeito Faceiro
(おどけた仕草)


歌詞は例によってこちらから→☆


Ô mar, um abrigo que lá está
海、そこにある避難所よ
No ser a felicidade
幸福な状態にある

Na beleza de ser você
お前はほんとうに美しく
No encanto de ser mulher
女である魅力を放つ
Delirar no seu jeito faceiro
おどけて心狂わせる
Seu dengo maneiro
その甘い叫び
Seu bem me quer
その善きこころがわたしを求める

Me leva eu com você
お前とともにわたしは立つ
Pra ficar tudo legal
お前といっしょに並べるように
È só te ver
ただお前を見ていられるように

È de se bailar no Olodum 
オロドゥンの姿で踊るのだ
È nesse suingue eu vo dançar
体を揺らし踊ろう
È nesse bailar no Olodum 
オロドゥンの姿で踊るのだ
È nesse suingue eu vo dançar
体を揺らし踊ろう

Desce do espaço imenso
広大な地に下る
Uma águia pro oceano
海を守る一羽のワシが
Mergulha bem fundo além do saber humano
人間の知の奥底にまで潜り込む
Atlântida viva quem sabe esquecida
生命を持つアトランティスは忘れられたものを知っており
Renascerá
何度も生まれてくる
E hoje u guerreiro Olodum, encantando a cantar
そして、今日戦士オロドゥンは魅せられて歌う

O me leva eu com você
お前とともにわたしは立つ
Pra ficar tudo legal
お前といっしょに並べるように
È só te ver
ただお前を見ていられるように
È de se bailar no Olodum
オロドゥンの姿で踊るのだ
È nesse suingue eu vo dançar
体を揺らし踊ろう
È de se bailar no Olodum
オロドゥンの姿で踊るのだ
È nesse suingue eu vo dançar 
体を揺らし踊ろう



2012年7月15日日曜日

7月は夕日を見ていたいのに

雨が続いて、温度が上がらない。この温度というのは、気温だけではなくて、自分や周囲の持っているエネルギー、熱気であろうか。そう、普通は「自分と周囲との温度差」で使われる温度のようなものだけれど、空気感さえ、だらりとしている。


植物も、晴天続きのあとに久しぶりに雨が降り、濡れそぼちながら生気を取り戻していくのとは違い、げんなりして見える。


大雨の被害も深刻だ。
我が家はテレビがないので、ネットや新聞でニュースを見て驚くのだが、日本だけではなく世界中のあちこちで、今年も悪天候に見舞われている。
アメリカの大干魃によるトウモロコシや大豆の大凶作は、食糧と経済、すべてに影響があるから、今すぐどうこうでなくても、先が不安。でも、心配してもどうにもならない。


in Deepさん 「太陽が消えたスウェーデン 「経験したことがない」と人々が語る東欧・北欧の異常気象 (2012.7.12)


in Deepさんは、大豆の収穫を気に掛けていらっしゃって、特に納豆が食べられるのも今のうちかもと書かれていた。わたしは納豆を食べる習慣が無く、食べるとしたら黒豆納豆が’好きだったのだが、東日本大震災後、店頭に並ぶメーカーが変わったせいか、食べていない。
黒豆納豆というと、昔、ポーランドの人が食事に来てくれて、若い青年だったが好物が黒豆納豆だという。それから我が家は、黒豆納豆を食べる度に、その男の子のことを思い出した。
その青年はお洒落で、スーパーで買ったというピンクのハートがたくさんプリントされたシャツがよく似合っていた。女優の緒川たまきが好きだというので、黒豆納豆以上に驚いた。当時の日曜美術館でも見ていたのだろうか。


話はどんどんそれていく。


そう、7月は夕焼けを眺めていたい。


Caetano Veloso e Gilberto Gil
「Cobra Coral」
珊瑚色のヘビの歌です。



英語の歌詞字幕付き




2012年7月2日月曜日

昔は豊作貧乏と言っていたのでは、と、影の続きは光

節電のため、暑苦しくて長居をしていられないところがある。お客さんがすぐ帰ってしまってもいいのだろうか。
まあ、節電はともかく、コスト削減はどうだろう。にちぎんのそうさいは、安価でよいものを作ればよいなんて言っていたようだが、コストを削減し、リストラして人件費を削っても、買ってくれる人もいなくなれば、どうしようもない。


ものつくり日本といっても、ものあまりでは仕方がない。昔は豊作貧乏と言ったのではなかったかしら。違うかな。
買ってくれる人がいないで思いだしたが、このブログの最初のほうで載せたカエターノ・ヴェローゾの「ラメント・ボリンカーノ」(ラファエル・エルナンデス作)。貧しい農民の哀歌だった。今度、訳詞を載せてみよう。


今日は、カエターノ・ヴェローゾの「A Luz de Tieta 、Tieta(主人公の名)の光」。
昨日が、マクダウェルの「Shadow Dance」だったので。


カエターノがダンスを踊っているというか、
この曲でも変な動きをしています。
昔から、変な動き、をするそうです。
 
Caetano Veloso
「Tieta」1996 のサントラより
「A luz de Tieta」



シャドーダンスのほうが、自由な感じですね。

歌詞は長いので大まかに。

Todo dia é o mesmo dia
毎日が同じ
A vida é tão tacanha
人生はほんとうに退屈だ
Nada novo sob o sol
太陽の下に新しいものなどない
Tem que se esconder no escuro
暗がりに隠れなければならない
Quem na luz se banha
日光浴をする者も
Por debaixo do lençol...
シーツを被れ

Nessa terra a dor é grande
地上では苦悩が大きい
A ambição pequena
野心も縮んでゆく
Carnaval e futebol
カーニバルとサッカー
Quem não finge
見栄を張らない者
Quem não mente
嘘をつかない者
Quem mais goza e pena
一番楽しみ、悲しむ者
É que serve de farol...
それが灯台の役目を果たす

Existe alguém em nós
我らの中にだれかいるか
Em muitos dentre nós
我ら大勢のうちに
Esse alguém
そんな誰か
Que brilha mais do que
もっと輝く
Milhões de sóis
百万の太陽より
E que a escuridão
そして闇を
Conhece também...
同じくらい知っている

Existe alguém aqui
ここにいる
Fundo no fundo de você
お前の心の奥底
De mim
ぼくの心の奥底に
Que grita para quem quiser ouvir
耳を傾ける者なら誰にでも叫ぶ
Quando canta assim...
彼がこのように歌うとき
Toda noite é a mesma noite
毎夜が同じ
A vida é tão estreita
人生はなんと窮屈なのか
Nada de novo ao luar
月光の下に新しいものなどない
Todo mundo quer saber
みんなが知りたがる
Com quem você se deita
お前がだれと寝るか
Nada pode prosperar...
何もうまく行かない
É domingo, é fevereiro
日曜日だ、二月だ
É sete de setembro
九月七日だ
Futebol e carnaval
サッカーとカーニバル
Nada muda, é tudo escuro
何も変わらず、すべてが暗い
Até onde eu me lembro
ぼくが覚えている限り
Uma dor que é sempre igual...
ずっと同じ苦悩
Existe alguém em nós
我らの中にだれかいる
Em muitos dentre nós
我ら大勢のうちに
Esse alguém
そのだれかは
Que brilha mais do que
もっと輝く
Milhões de sóis
百万の太陽より
E que a escuridão
そして闇を
Conhece também...
同じくらい知っている
Existe alguém aqui
だれかがここにいる
Fundo no fundo de você
お前の心の奥底
De mim
ぼくの心の奥底に
Que grita para quem quiser ouvir
耳を傾ける者には叫んでいる
Quando canta assim...
彼がこのように歌うとき

Êta!
エータ
Êta, êta, êta
エータ、エータ、エータ
É a lua, é o sol é a luz de tiêta
それは月、それは太陽、それはティエータの光
Êta, êta!...(2x)
エータ、エータ

このサントラアルバムから、もう一曲。

「Miragem de Carnaval」
歌はZeze Mottaで、ゆったりと。





2012年4月13日金曜日

ねじれていく

アルゼンチンのメルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)が、チリのヴィオレッタ・パラの曲「Volver a Los 17」(17歳に返る)を歌っています。
この曲は聞いたときから大好きで、特にメルセデス・ソーサにミルトン・ナシメントが加わったデュエットが、素晴らしいです。
でも、歌の意味を知りませんでした。


タイトルからして「17歳に戻れたら」というような感傷的な歌かと思っていたのですが、どうやら違っていたようです。もっと哲学めいた感じ。下に家人が訳したものを丸写ししてあります(動画も同じ)。
ところが、検索していますと、山福朱実さんというかたが、訳詞と解説を載せてくださっていました。この歌はヴィオレッタ・パラが40代の時に若い男性と恋に落ちたときに作った曲だそうで、やっぱりぃと思いましたが、それ以上の内容があると思います。
検索すると、いろいろ解釈の違う訳が出てくるようで、この詩はなんと面白く、美しいのでしょう。メロディーも繰り返し聞いても飽きません。



わたしは、ねじれることもなく、からまることもない人生を送っています。何か工夫が必要ですね。



追記

最初「enredando」を家人は「ねじれていく」と訳していました。それで、この記事のタイトルを「ねじれていく」にしていました。
でも、「よじれていく」ではないか、と家人は訳を改めました。まあ、今さら記事のタイトルを変更しにくく、そのタイトルも適当につけてしまってものだったので、当分このままで。




Mercedes Sosa
「Volver a los 17」
Mercedes Sosa e Milton Nascimento



Volver a los 17
(十七歳に返る)


Volver a los diecisiete despues de vivir un siglo
一世紀生きた後、十七歳に返る
es como decifrar signos sin ser sabio competente
ものが分かる賢人でもないのに記された言葉を解くようなものだ
volver a ser de repente tan fragil como un segundo
一秒ほどの儚い悔悟を繰り返す
volver a sentir profundo como un nino frente a Dios,
神を前にしたこどものようにまた反省する
eso es lo que siento yo en este instante fecundo
この有意義な瞬間にわたしが座っているのはそのため

Se va enredando enredando, como en el muro la hiedra
お前はよじり、よじれていく、壁を這うツタのように
y va brotando, brotando como el musguito en la piedra
そしてお前は芽を出す、芽を出す、石に付いた苔のよう
como el musguito en la piedra, ay si, si, si
石に付いた苔のよう、そうだそうだ

Mi paso retrocedido, cuando el de ustedes avanza
お前が前に踏み出すと、わたしの足は後ろに退く
el arco de las alianzas ha penetrado en mi nido
結びのアーチをお前はわたしの巣に差し込んだ
con todo su colorido se ha paseado por mis venas
あらゆる色とともにお前はわたしの血管に入った
y hasta la dura cadena con que nos ata el destino
そしてわたしたちの運命を鎖で繋いだ
es como un dia bendecido que alumbra mi alma serena
祝福の日のようにわたしの静かだった魂に灯りを点した

Se va enredando enredando, como en el muro la hiedra
お前はよじり、よじれていく、壁を這うツタのように
y va brotando, brotando como el musguito en la piedra
そしてお前は芽を出す、芽を出す、石に付いた苔のよう
como el musguito en la piedra, ay si, si, si
石に付いた苔のよう、そうだそうだ

Lo que puede el sentimento no lo ha podido el saber,
感覚はそれを知ることなどできない
ni el mas claro proceder ni el mas ancho pensamiento
研ぎ澄まされていくこともなく、考えが広くなることもない
todo lo cambia el momento colmado condescendiente,
その瞬間、お前は完全に見下していた態度をがらっと変える
nos aleja dulcemente de rencores y violencias
わたしたちを苦しみと暴力からやさしく救う
solo el amor con su ciencia nos vuelve tan inocentes
沈黙とともにある愛がわたしたちを無垢な状態に連れもどす

Se va enredando enredando, como en el muro la hiedra
お前はよじり、よじれていく、壁を這うツタのように
y va brotando, brotando como el musguito en la piedra
そしてお前は芽を出す、芽を出す、石に付いた苔のよう
como el musguito en la piedra, ay si, si, si
石に付いた苔のよう、そうだそうだ

El amor es tordellino de pureza original
愛は生まれ持った清らかさの竜巻
hasta el feroz animal susurra su dulce trino,
どう猛な獣が甘い言葉をささやく
retiene a los peregrinos, libera a los prisioneros,
巡礼者を引き留め、囚人を解き放ちなさい
el amor con sus esmeros, al viejo lo vuelve nino
情けとともにある愛、それは老いた者をこどもに返す
y al malo solo el carino lo vuelve puro y sincero
そして愛だけが悪しき者を純真で誠実にかえらせる


Se va enredando enredando, como en el muro la hiedra
お前はよじり、よじれていく、壁を這うツタのように
y va brotando, brotando como el musguito en la piedra
そしてお前は芽を出す、芽を出す、石に付いた苔のよう
como el musguito en la piedra, ay si, si, si
石に付いた苔のように、そうだそうだ

De par en par la ventana se abrio como por encanto
魔法をかけるためのように窓を大きく開いた
entro el amor con su manto como una tibia manana
お前のマントとともに愛が入ってくる、けだるい朝のように
y al son de su bella diana hizo brotar el jazmin,
お前の美しい目覚めの音がジャスミンを育てる
volando qual serafin al cielo le puso a retes
天使が空を飛び、
y mis anos en diecisiete los convirtio el querubin
そして17の年に天使は彼らを改宗させた


Se va enredando enredando, como en el muro la hiedra
お前はよじり、よじれていく、壁を這うツタのように
y va brotando, brotando como el musguito en la piedra
そしてお前は芽を出す、芽を出す、石に付いた苔のよう
como el musguito en la piedra, ay si, si, si
石に付いた苔のよう、そうだそうだ





もうひとつ動画
メルセデス・ソーサが
カエターノ・ヴェローゾ、ガル・コスタ、
シコ・ブアルキ、ミルトン・ナシメントとともに
(1986年)








2012年1月28日土曜日

雲の話。


灰色の雲というと、リストになるのだろうけれど、
→wikipedia
→解説と演奏動画


ブラジルのカエターノ・ヴェローゾとスペインのマリア・ドロレス・プラデーラのデュエットに、「Nube Gris 灰色の雲」という大好きな曲がある。
歌詞の意味は別にして、大御所のマリア・ドロレス・プラデーラの豊かな声と、カエターノの繊細な声が交互に織りなす華やかで明るい曲。デザートに出てくる濃厚なプチガトーみたいで、好きな曲を数曲まとめたとき、終わりに持ってくるのにちょうどよくて、とある友人にも押しつけて聞いてもらった。カエターノの「ラメント・ボリンカーノ」を訳詞付きで紹介したときの友人なのだが、その友人には押しつけるばかりで申し訳なく思う。受け取ってはみたものの何となく分けが分からなくて返答しにくいものや、途中で尻切れトンボで終わってしまうようなものを、私は押しつけてしまうようだ。このブログのような。


Caetano Veloso e Maria Dolores Pradera 

Nube Gris



上の画像をクリックすると、
動画と歌詞付きのサイトが開きます。
 
Fabrizio De Andreのアルバムに「Le Nuvole 雲」があります。

2011年12月8日木曜日

ドナドナは戻ってこなかったと思うけれど

カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)の「ラメント・ボリンカーノ」。


歌をギターと足で演じるカエターノ。こんなふうに歌い始める人は見たことがありません。
ライヴ「粋な男(Fins Estampa)」から



プエルトリコの作曲家ラファエル・エルナンデスの曲を歌っています。


農夫が荷を積んで町の市場に幸せ一杯に出かけます。もし荷が売れたら、妻(母?)に服を買ってあげようと道々楽しげに歌いながら行くのですが、町へ着いても誰も荷を買おうとしない、町は貧しさで死んでいる、農夫は泣きながら、ボリンケン(プエルトリコ)私の国は、私の家族はどうなるのでしょうと神に問いながら、帰ります。


わたしは昔、友達にこの曲を紹介したとき、丸々日本語の訳詞も付けたことがあります。スタジオ録音版のCDの訳詞です。
YouTubeもないころで、曲だけでは話の展開がわかりにくいと思ったのですが、友達は当惑したことでしょう。「貧しい」に弱いわたしが、カエターノのこの歌を聞く度に涙してしまいそうになることは話しませんでした。わたしには、「情」はあまりないのですが、貧しさのツボ、があるのです。


歌の終わりはこうなっています。


Borinquen, la tierra del edén      エデンの地ボリンケン
La que al cantar, el gran Gautier     偉大なガウティエが歌のなかで
Llamó la perla de los mares.       すべての海の中の真珠と呼んだ
Ahora que tu te mueres         今、おまえは死のうとしている
Con tus pesares             悲しみとともに
Déjame que te cante yo tambien.    わたしにもおまえのことを歌わせてほしい
Yo también.                わたしにも





それはともかく、市場は売り手と買い手で賑わっていて欲しいです。