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2012年5月3日木曜日

あちこち部分を交換していました

だいぶ前のことだけれど、テレビの出張修理に来てもらったとき、ビクターの技師さんから「ひとつ部品交換して直っても、それと全体が合わなくなって他のも交換するようになるかもしれません」と説明があった。


若かった私は、「ふーん、そうなのか」と感心して聞いていたが、テレビに限らずこの法則が、他のことにも適用する万事共有の法則だと、年々身をもって理解していった。

バランスの悪いところを換えて全体をよくする場合もあるが、一部分を直したり換えたりすることで、全体とのバランスが崩れ、あちこち手を入れないといけなくなる。家電、車、家(借家だけど)etc.

それに何といっても自分自身。
長い間、私はカジュアルなパンツスタイルでいた。パンツといってもジーンズなどの本当にカジュアルなものに、ヒールのない靴を履いていた。
でも、この春はワンピースとかスカートを着てみたくなった。今までも何度もスカートを履いてみたいと思ってはいた。それもかなりドレッシーな格好をしたかったのである。というより、ナチュラルで優しそうな雰囲気の服は、平板な私を益々ぼんやりと野暮ったくしそうだったので、バーンと格好いい服が欲しかった。


長年躊躇していたのは、頭のてっぺんからつま先まで揃え直さなくてはならないのが怖いからだった。小物がない。今のパンツスタイルでも小物がなくて、困っている。一式揃える費用にメイクはどういたしましょ。
大体、お店に買いに行く服が無い。

だけど、「いつ私はスカートを履くのよ、このままでは一生着られない」とこの春、渋る夫に怒りをバンバン爆発させて宣言して、買い物に出かけた。


そして、無事お買い物をして帰って来た。


ネットで予習していたというか考えていた服とは、かなり違ったような気がする。それがかえって新鮮で、嬉しかった。頭の中で満足するのではなくて、全身に喜びが満ち溢れた。ついて来てくれた夫に感謝。



さて、ネットで予習していたというのは、ショップブログや同年代ファッションブログで着こなしを見せてもらうことである。特に、洋服だけでなく、生活全般にわたり、いろいろと参考にさせてもらっている同年代の方々のブログを拝見していると、この4月は何年かぶりにスカートを履いてみたとか、スカートを着る機会を増やそうと書かれている方が何人もいらっしゃった。私のように、「スカートを履けるのはあと何年?今履かなくてどうするの」と仰る方もおいでになった。

そうそう、そうなのよ。それに年齢のことだけではない。
私には皮膚にトラブルがあったり、歯などに難があるだけではなく、持病があって直しようがない事情もある。生まれ変わってからでは遅すぎる。
条件がそろってパーフェクトな状態になるのを待つより、思い立ったが吉日で実行したほうがいいと、これも年を取るにつれて学んだ。学んだというより、後悔かな。


とりあえず、洋服は臆せずに着てみるしかないと思う。よくも悪くも驚いて感動する。楽しい人生だ。






2012年3月9日金曜日

100年前に100年先を行く

ドイツの無声映画「メトロポリス」(フリッツ・ラング監督、1927年)がパブリックドメインで公開されていると聞いて、ちょぼちょぼ見ている。
YouTubeでは画面がひしゃげているので、俳優も横に押しつぶされて見えるし、無声映画なので絶え間なく音楽が流れているのも疲れる。


特に、主人公のフレーダーが気持ち悪く見える。モノクロで且つ無声映画だと、メイクと演技を過剰気味にしないと、フィルムにも観客にもイメージとストーリーが焼き付けられないようだ。
フレーダーの父親であり指導者階級の頂点に立つフレーダーセンは、この動画では、ひしゃげているはずなのに、端正で格好いい。


「SF映画の金字塔にして最高峰」と言われるだけある。1927年によくあんな映画が作れたなあと、感心する。現代の都市と変わらぬ摩天楼がそびえ、そのビル群の間を縫って飛行機が飛び、都市高速みたいな道路も縦横に巡らされ、車が絶えることなく流れていき、繁栄を感じさせる。コンピューターもどきのシステム管理や監視カメラもあった。


およそ100年前に100年先が見えていたとは。

地上の都市部を支える動力部となっている地下では、下層階級の労働者がシフト制で働き、当然使い捨てにされていて陰惨なのだが、描写は淡々としていてセットは凝っている。
マリアとアンドロイドの二役をやった女優ブリギッテ・ヘルム。「YOSHIWARA」で踊るシーンは、官能的というかエロティック。DVDでちゃんと見る価値はありそう。









100年前に100年先のイメージを創り出せるなら、今の私も、何か先のことを今の時点で創り出せないだろうか。10年後にはまだ実現できていなくても、実現のために準備を進める、というだけでもいい。


そういう意味では、日常生活においても、洋服を選んで着たり料理を作ったりと、先に出来上がったものをイメージしてから動いていることもたくさんあるわけだが、それに加えて何か違うことを思い描いてみたいと思う。
自分広告でも作ってみようかな。未来に釣られる自分が今のところ何もないのは残念だから。


10年後に備えて、そのために今を我慢するとか、老後に備えてばかりでは面白くないもの。


★メトロポリスの紹介とレビュー「喫茶ぱらだいすあーみー」さん(セーラームーンの画像が出ます)の派生雑学に進んで、最後の記事
★同じくレビュー 「良い映画を褒める会」さん 第一部、第二部他記事いろいろ

2012年2月29日水曜日

つんのめる2月の終わり

普通の年は2月が、28日しかない。月末は慌ただしいものだと分かっているものの、他の月で25日くらいまでは、もう1週間あると余裕があるのに、2月はその調子でいって、二日も三日も足りないと不意打ちをくらってしまうことがある。


これとよく似た感じというと、私の進歩しないピアノの弾き方がそうかもしれない。レッスンで、先生からいつも、小節の最後の音符の長さが短いと指摘される。
「音楽がどんどん前倒しになって、つんのめってますよ。慌てずに十分時間を取って次の音を準備してください」と何度も注意してくださるが、2月の終わりも何だかそんな感じがする。何も片付かないまま、3月になる。
閏年の今年は、1日おまけをもらったようだ。でも、のんびりと構えていると、音価が付点分伸びたようなもので、これもまた「伸ばしすぎ、(気持ちが)休んでますよ」と注意されるのと同じかもしれない。前倒しも駄目だし、先延ばしも駄目。今、必要な音を弾くのは難しい。


そんな2月の終わりの今日は、お遣い物の焼き菓子を買いにケーキ店へ寄った。清潔感あふれる店で、ショーケースの中の小さなケーキが、どれもくっきりと美しい。音楽で喩えると音の粒が揃って立っている、となるのだろうか。
さて、そのお店の焼き菓子なのだが、実は自分ではあまり食べたことがない。このあたりはいい加減で申し訳ないが、ギフトの焼き菓子については、どこも美味しいだろうし、まずは用途が優先であっちのお店、こっちのお店と変える場合がある。みんなで分けやすいものがあるお店、街中でいつでも買える店よりは地元のお店、気の張らない方へのお店など。でも、私はお店の情報には疎いのと、今日行ったお店の佇まいと店内の清潔感が好ましくて、そちらに寄ることが多い。


店員さんがリボンをかけながら、賞味期限の確認を聞いてきたのをきっかけに、つい前々から気になっていたことを尋ねてみた。製造日のことである。正直、お店の人を少し気を悪くさせたと思うが、売っている焼き菓子はすべてその日に作ったものです、と明るくきっぱりと答えてくれた。
私はそれを聞くと、安心して差し上げられるとほっとした。焼いてから数日経って、味が落ちたものは嫌だなと思っていた。日本のパティシエの水準は高いだろうけれど、賞味期限の問題はあると思う。
帰りがけに、お店の方が笑顔で、これはお早めにどうぞと小さなチョコをくださった。


その食べ頃のことなのだが、簡単な焼き菓子なら、自分でも作ることもあり、レシピには食べ頃についても書いているが、洋菓子店で買うときも気にするようになったのは、「フランス菓子塾 ケーキの寺子屋」さんのHPで<焼き菓子の食べ頃>を読んで以来のことである。お菓子によって寿命は違うけれど、寿命が切れたお菓子は味がぼやけて落ちる、と書かれていた。
フィナンシェやマドレーヌなどの焼きたての味と48時間後の美味しさの違いも書かれていた。仰るとおり、自分で焼いたときに出来たてを食べてみると卵の香りが立つので失敗したかなと思うのだが、外側がカリッとして美味しいし、食べ頃の時間帯になってくるとしっとりと馴染んできて美味しい。


「ケーキの寺子屋」さんは、同じタイトルの本があるらしいが、その著者とは別の方。今日、久しぶりに拝見したら、ビスキュイについての記事があった。要約させてもらうと、ビスキュイは一般的に卵黄と卵白の別立て式で作ると言われている。だが、ビスキュイとはスポンジケーキの総称であって製法は二種ある。
ジェノワーズ(暑いジェノバのジェノバ風ー温かい製法、共立て式のホットスポンジ)
ヴィエノワーズ(寒いウィーンのウィーン風ー冷たい製法、別立て式)。
だそうだ。


ご存知の方には何ということはない話かもしれないのだけど、ちょうど、ジェノバで生まれ育ったファブリツィオ・デ・アンドレの歌詞を調べていたところだったので、私はこの小さな巡り合わせが嬉しかった。昨年、11月にジェノバでは洪水が起きて、惨状が日本にも伝えられたが、日本もイタリアも早く暖かくなればいいのに、と思う。暑く、暑く。アイスクリームが溶けるほどに。暑くなればなったで、冬が恋しくなるけど。


明日から、3月。2月末のせわしさはどこへやら、どーんと3月は現れてくる。




デミタスカップより
少し大きいくらいのケーキです


2012年2月14日火曜日

Anime Salveとハドリアヌス帝の詩

animula vagula blandula 
hospes comesque corporis 
quae nunc abibis in loca 
pallidula rigida nudula 
nec ut soles dabis iocos!

 彷徨う愛しき小さな魂
我が体の客であり、伴侶
汝はこれからあの場所へと向かう
青ざめ、こわばり、衣を脱ぎ捨て
これまでの楽しみはもうないのか




ハドリアヌス帝が死の直前に読んだとされるラテン語の詩です。
家人が訳してみました。
目にする訳の大部分は、第4行の形容詞三つが第3行の終わりの「場所」に掛かります。
ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』を訳した多田智満子さんは、冒頭にその一般的な解釈をとり
「青ざめ こわばり 露わなるあの場所に」訳されています
でも、
後書きでは上記のような「魂」に掛かると解釈する可能性にも触れられています。
Wikipedia(J)でも、場所ではなく、魂に掛けています→ハドリアヌス 3.最後の詩。
この項を書かれた方が参照にしたのが藤澤道郎氏の『物語イタリアの歴史Ⅱ』だそうです。藤澤先生の「皇帝ハドリアヌスの物語」は、こちらから読めます。訳詞は3ページ目。
                 


ハドリアヌス帝は、確かアテネオリンピックの時に、NHKで「ローマ皇帝の歩いた道(後編)」を見て、その政治手腕、建築のセンス、ティボリの別荘、複雑とされる性格に惹かれました。
その後、気になって検索しましたが、それに当たる番組の感想を書いた人はいなくて覚え間違いかと思っていました。昨年、また検索すると、何度も再放送をしていたことがわかりました。


ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』は一時期持ち歩いてこつこつと読んでいました。文学作品としては素晴らしく、実は大変思い出深い作品でもあるのですが、あの特集番組のほうが、ハドリアヌス帝は強く印象が残っています。
『テルマエロマエ』というヤマザキマリさんのコミックにも、ハドリアヌス帝は登場します。
ファブリツィオ・デ・アンドレのanime salveと共に思い出される詩です。




Fabrizio De AndreのAnime Salve

魂の話。
体も精神も脆弱な私には魂は無いような気がしていた。
仮そめの幻の魂で、浮遊している。
でも、ファブリツィオの詞で、生き生きと蘇ってくる、気がする。

崇高な精神も深遠な精神も上下の縦軸を横軸に変えたら、同じレベルなのかも。
魂に優劣はなく、浮遊もしていない。
目に見えているものが魂に沿って浮遊してくれているのかもしれない。
先日、ひなあそびの記事をサイトの別ページに保存しなおしてみた。記事内の「自分がしつらえた空間で台詞や擬音でにぎやかに、心はかえって寡黙になって無心に遊ぶ人形劇」と いうのは、現実に見えるこの世で、自分が役に没頭して演じていることと同じなのかもしれない。ファブリツィオの歌詞にある「魂の美しい仕掛け」、それくらい何か楽しいものが自分にあればよいのだが。


ファブリツィオ・デ・アンドレの「Anime Salve」
家人が訳した歌詞を転載しています。
元はこちら→★同じ訳詞です
間違いがあるかもしれません、随時直します。
イバーノ・フォッサーティとのデュエットです。






Anime Salve
救われし魂

Mille anni al mondo mille ancora
この世界に千年、さらに千年
che bell'inganno sei anima mia
我が魂よ、おまえはなんと美しい仕掛けなのか
e che bello il mio tempo che bella compagnia
私の時代はなんと美しいのか、なんと美しい仲間たちがいるのか


sono giorni di finestre adornate
飾られた窓から見える日々よ
canti di stagione
季節の歌
anime salve in terra e in mare
陸と海で救われし魂
sono state giornate furibonde
荒れ狂った日々だった
senza atti d'amore
愛し合うことなどできなかった
senza calma di vento
風は凪ぐことなく
solo passaggi e passaggi
ただ過ぎ去るだけ、そして過ぎ去る
passaggi di tempo
時は過ぎ去る
ore infinite come costellazioni e onde
星座と波のように終わりのない時間
spietate come gli occhi della memoria
記憶の目のように無慈悲
altra memoria e no basta ancora 
他の記憶もあるが、まだじゅうぶんではない
cose svanite facce e poi il futuro 
色あせた物、顔、それから未来

i futuri incontri di belle amanti scellerate 

美しいが邪悪な恋人たちのこれからの出会い
saranno scontri 
衝突が起きる
saranno cacce coi cani e coi cinghiali 
犬や野ぶたとの追いかけ合い
saranno rincorse morsi e affanni per mille anni
 千年の間、走っては噛みつき、息を切らす
mille anni al mondo mille ancora 
この世界で千年、さらに千年
che bell'inganno sei anima mia 
我が魂よ、お前はなんと美しい仕掛けなのか
e che grande il mio tempo che bella compagnia
 私の時代はなんと偉大なのか、なんと美しい仲間たちなのか

mi sono spiato illudermi e fallire 

私は自分を探り、欺き、しくじり
abortire i figli come i sogni 
夢のような息子達を堕胎させる
mi sono guardato piangere in uno specchio di neve 
叫んでいる自分を雪の鏡で見た
mi sono visto che ridevo 
微笑む自分を見た
mi sono visto di spalle che partivo 
立ち去りながら背中合わせの自分を見た
ti saluto dai paesi di domani 
明日の国から君にさよならを言う
che sono visioni di anime contadine
 百姓の魂のビジョンだ
in volo per il mondo
 世界を飛び回っている

mille anni al mondo mille ancora 

この世界で千年、さらに千年
che bell'inganno sei anima mia 
我が魂よ、お前はなんと美しい仕掛けなのか
e che grande questo tempo che solitudine 
この時代はなんと美しいのか、なんと寂しいのか
che bella compagnia
 なんと素晴らしい仲間たちなのか



2012年2月11日土曜日

エネルギーは固まらない

福岡は博多でインテリアコーディネーターをしていらっしゃる方がいる。


ブログを拝見するだけで、元気が出てくる。
自分とはまったく正反対のものに惹かれるというか、ご本人の華やかさ、仕事や生活へのエネルギッシュな感じが、固まることなく、すかっとしていて気持ちがよい。


それを手が届かない世界だとか、私には御縁が無い世界だとか言って、自分の前に仕切りを立てるのはよそう。
台に上がって手を伸ばせば、戸棚や冷蔵庫の上には、届く。ガスや電気の点検などで作業員の方が来られるときは、目線、身長より高い所を拭いて、にわか掃除のポイントにしている。


さて、その方は「Loisir ゆとりの時間 広瀬順子」さん。ブログを拝見するばかりでお会いしたこともないが、何といっても、美人である。


今回、ブログを拝見して吹き出したのがこれ。




Loisirさんのこの記事で元気が出たのだが、お友だちでも知り合いでもでもないのに、勝手に載せたうえに、私はタイトルを「笑う門には福来たる」にしてしまった。不躾な気がして、しばらく記事を引っ込めていた。また、勝手にアップするのだけど。
エネルギーを外に出すと、体も柔らかくなるような気がする。

2012年2月10日金曜日

竹久夢二によるセノオ楽譜表紙

うさぎの聞きかじりとは言っても、あまりうさぎには思い入れがない。というのは、私は前歯が大きくてウサギに似ているからで、自分に精一杯だからだ。ただの齧歯類かもしれない。だが、一度うさぎにこだわったことがある。
10何年前のことだが、ある人が葉書をくれた。何でも、知り合いがこれから自然食品や雑貨を扱う店をオープンするとかで、うさぎのロゴが付いていた。それがうずくまった兎で顔が小さくて耳は長く左右に跳ね上がっていた。自分のスタンプにして、あちこち押して回りたいくらいだった。
葉書を持って訪ねてみると、ひっそりとした佇まいの小さな店の中に、背が高く色の白い女性がいて、そっと静かに応対してくれた。うさぎに相応しいと思った。私はねずみで十分だった。

以来、油こしのフィルターや調味料を買いに行くことがあったが、お店のオープン時間に合わせて行くのが難しかった。残念ながら最後に寄ったとき、もうすぐお店をお休みする予定だと言われた。ネットで販売されていたのもその時初めて知ったが、サイトにはあのうさぎのロゴはなかった、と思う。

うさぎのロゴといえば、セノオ楽譜のうさぎマークが有名で、竹久夢二が表紙のイラストなどを手がけていたらしい。i Webで作成 お散歩浪花編」さんのサイト(マークの大きな画像があります)。

追記 i Webは6月末で終了したので、お散歩浪花編さんのサイトはご覧いただけません。


画像は京都国立近代美術館から

竹久夢二とセノオ楽譜で検索すると、いろいろと知ることができて、無知な私は勉強になった。セノオ楽譜(国立音大PDF)。竹久夢二伊香保記念館館長ブログ(2008.10.20)、同ブログ展示内容のご案内「文学」7(2008.10.23)夢二の「点灯屋」の詩。

「遊行七恵の日々是遊行」さんが、高畠華宵と竹久夢二を楽しむ(2006.10.20)」に楽譜とうさぎマークのことを。昨年京都国立近代美術館で開かれた川西英コレクション収蔵記念展・夢二とともに」の感想では、うさぎマークの小さなことまで見ていらっしゃった。

今、気がついたが、私はもう、何かの動物に似ているなどという年ではないのだった。

2012年2月7日火曜日

迷うのも楽し、ミュラーオオタニさんのハム

とある土曜日のこと。美味しいハム屋さんがあると知り、思い立って行ってみた。こんなふうに店の評判を聞き、探して出かけるのは滅多にないことなのだが、どうしても行きたくなった。
それも前夜にネットで見たからとは、ずいぶんダイレクトな感じで恥ずかしい。だが、店にはダイレクトには着けず、少し迷った。評判通り、かなり分かりにくい場所にあった。
国道沿いの道標を兼ねた看板は、近隣に配慮してか目立たなくて、看板元のざっくばらんな駐車場に先客が車を停めた後を追うように付いていった。

お店も、先に外観を予習していなければ分からなかったところだが、想像以上に感じがよかった。雑多なものが置かれていたが、押しつけがましい雰囲気はなく、まったく肩が凝らない。それをいいことに、私はあれこれ見て回った。ほんと、私は不躾な一見さんで、こういうことこそ恥を知らなければならないだろう。黒いアップライトのピアノもあった。

リレーをしているかのように順にお客さんがやって来た。我が家は先客の女性二人組とも後からいらっしゃったご夫婦ともお話をした。どちらもご近所から来られていて、ネットで評判を聞いてと言う私に、嫌がるどころか、ご自分たちの店であるかのように嬉しそうにハムやベーコンの話をしてくださった。椅子も勧めてくださった。
こうして互いに自然と話を交わしながら、頭の中では皆一生懸命、どれを幾ら買うか考えているのだけど、それがまた、幸せな感じがしてくる。自宅用にお裾分け用にと迷いながら選び、次のお客さんのことも頭の端っこで考えている。機嫌良くなれるお店だった。

買いやすい少量パックがある、お値段がリーズナブル(街中ではなく、店主一人で製造・販売をしているから)、店主が本当に感じのよい方でお客さんも感じがよい、といいことづくめ。可愛いイラスト付きのリーフレットも楽しい。我が家は少量パックを買って帰った。

店内と工房はこんな感じです。ぴょんきいさんのブログ(2009.5.18)
店主 オオタニさんのお写真あり。
現在、水・木・日が定休日。

写真がよくありませんが、
ハムとタマネギのサラダ


国道横の側道で道を確かめていたときに、わざわざ回り込んで停まり「追突されますよ」と親切に教えてくださったかた、ありがとうございます。

2012年2月1日水曜日

節分 そこにあると思えば出来てしまう

もうすぐ、節分だ。明くる日は立春。旧暦では年初の頃だが、私には一年でいちばん注意を要する怖い時期だ。節分という文字通り、節目にこつんと当たってつまづくように、何かがちょっと変わる。突然、体調を崩すだけならいいけれど、しばらく些細なトラブルが続いたりする。
「ほらね、節分だからね」とひいひいとしながら思う。


だけど、これからは出来るだけ「毎年この頃になると」という過去の法則に従うのはやめようかな。法則というよりは、一種のバイオリズムで、身を低くして無理をせず、やり過ごさなければいけない時期なのだとは思うけれど、節分の頃=トラブルではないかもしれない。突然、体調を崩したりトラブルがあるのは、年がら年中で、自分の不注意や天候不順から発することではないか。


それを、待ってましたと「ほらね、やっぱり節分は怖いわ」と言いたいがために、私は自分で怖いものを作り出して招いているだけではないかと思う。何も無いところからでも、あると思えば、何かが出来てしまう。
そういう負のイメージで、「恐れていたこと、心配していたこと」を現実に作り出すのは得意なのだけれど、いいものを作り出すことには全く慣れていない。簡単なのかもしれないのに。
言葉巧みな人はどうなのだろう。言霊で自分の人生自由自在なのだろうか。


まあ、節分、立春と春を暦では迎えるとはいえ、2月は一年で最も寒い時期なので、体調には気をつけようとは思う。そうそう、元々は四季や一年の節目毎に邪気を払う、いい機会なのだろう。


ところで、まんが日本昔話に節分と鬼の話があって、「節分の鬼」は、最初の語りが面白い。おっかあと一人息子に先に死なれ、一人で村の外れに暮らすおじいさんと、村の人たち疎遠になってしまった様子がよくわかる。



もうひとつ節分と鬼の話があった。「節分の福鬼」。どちらにも共通なのは、「福は外、鬼は内」と半ば自棄ではあるが威勢良く豆まきをして、鬼を家に招き入れてしまうようになるところ。厚くもてなせば、鬼も福の神に変わる。もともと鬼も神も違いはなかったかもしれないが。

2012年1月27日金曜日

山の雪

先日の水曜日は午前中、雪が少しぱらついた。それでも、薄曇り程度には晴れて、寒い寒いといっても昼間はのんびりと明るかった。
出先からいったん帰って来て一休みし、夕方、日が暮れる前にと街のほうに買い物に出た。西の空が明るく、夕焼けで海の方はオレンジ色に輝いている。海の方といっても海は見えない。ただ、市内には川が何本も流れていて、私は下流のほうに住んでいるので、橋まで来て川縁を見渡し、橋を渡りながら川を目で追っていくと、すぐそこに海があり、西へ湾曲する地形に沿って広がっていくのが見える気がする


北の方は、暗かった。重い灰色の雲が重量感を増して、難しげに空を覆っていた。山の方は雪が降っているだろう。橋を渡るとオレンジ色も濃い灰色の雲も左右に並ぶビルに隠れて見えなくなった。


買い物をすませて店の外へ出たら、雪が降り出していた。白い粉雪ではなく、少しぽちゃっと降ってくる。帰りは別の道を通る。街中の小さな交差点から始まる狭い通りは最初はシルバーグレーだが、段々ぼやけた薄鼠色に変わっていって、四方に開けた大きな通りに出る。まだ西日が残っていて、ビルやマンションのガラスに反射していた。帰りの橋で西のほうを見やると、空は明るくひとかけらの青い空さえ見えた。だが、雪は舞い、山の方はというと、その暗い雲を見るまでもなく、雪で覆われた灰色の山の景色が絶えず浮かんでくる。往きの道からずっとそればかりを思っていた。


それは友人が撮った写真で、彼女の携帯HPの表紙にしている。一つ前の写真も雪景色だったが、今のもまた一段と寒々しく厳しそうである。山の冬は早くて、友人はもうずっとその雪を見てきたのだろう。週末、帰省する度に。


頭はクールで、情に厚く、気骨のある、その友達のことは、また。
結局、お天気の話ばかりでごめんなさい。

2012年1月11日水曜日

少し昔のようなこと

友人がみかんを一箱もらったから、お裾分けしてくれるという。今、その友人は一番のご近所さんで、自転車に乗って届けに来てくれた。我が家は、じゃがいもをお裾分けすることにした。こちらは家庭菜園をしている親戚から年末にもらったもので、差し上げてよいものか少し迷った。じゃがいもは常備野菜で友人宅にも十分あるかもしれないし、もう少し気の利いたものはないかと思ったけど、何も無かった。


我が家の玄関先ではなくて、マンション?というか小さいビルの出入り口で、おみかんをいただいた。じゃがいもは喜んで受け取ってもらえて、ほっとした。物々交換は楽しい。


今日はだいぶ暖かいと思って外に出てみたけれど、友人と立ち話をしているとすぐに寒くなってきた。ちょっと手をこすり合わせたりポケットに入れたり、体を左右揺らしたりしてお喋りした。でも、お昼前の空気が清々しかった。
それは、ほんの短い時間だったけれど、友人から、みかんをくれた人のことや知人の消息を聞いて、情報が倍になった気がした。
こんなふうに、気軽なご近所づきあいをするのは久しぶりのような気がする。


おみかんのこと。
このところ、我が家では小さな一口みかんが主流になっているので、皮がぷわっとした大きめのみかんは、頂き物でしか食べない。頂き物に外れはなく、とても美味しい。
レモンひとつ、友人のお母様がつけてくださった。





2012年1月7日土曜日

備忘録 「時間」

サマンサの時間を止める話(12/25)に関連して。
アメリカ国防総省がコーネル大学の「時間を止める装置」を開発援助し、実験が成功したそうである。止めた間は約40ピコ秒(一兆分の40秒)。
この装置、正しくは「時間を止める」ではなく、時間と空間を隠す「タイム・クローク」なるものらしい。ナショナルジオグラフィックニュース1月5日の記事。読んでも理解できるものではないのだけど、このサイトは体裁が綺麗ではなくて、開いたときは、痛いニュース系かと思った。

元々この記事を知ったのは、個人の方のブログでin Deepさんからで、この方は、淡々と
地球上で起きている不思議な現象(大きな穴が開く、生物の突然大量死、氷河期の到来)などをピックアップされている。超常現象って既に日常的にニュースが流れているような気もするが、慣れない方はin Deepさんのサイトに戸惑われるかもしれない。



映画「Paul(宇宙人ポール)」では、
アメリカの時間変更線を挟んで、こっちは11時、こっちは12時と飛んで
簡単なタイムトラベラーを楽しんでいました。




2011年12月25日日曜日

ほんとは呪文も要らないのかも

「近場の異次元」(12/21の記事)であるお風呂の中で、いつも取るに足りないことを考えている。小さい頃から考えてきたことを焼き直しているだけで、それはもう進歩がない。時間が止まっている。時間が止まっているのではなく、私の身にまとう空気感が、歩くタイムカプセルみたいだ。


さて、時間の停止というと、アメリカのテレビドラマ「奥様は魔女」のサマンサを思い出す。何か大変なことが起きると、サマンサは時間をちょっと止めて、周囲の人たちが静止している間に、状況を都合よく描き換えている。
もし、サマンサのような魔法使いが世界のどこかにいて、私が時間を止められているほうの立場だとしよう。私のこの一瞬一瞬は、魔法使いが止めている時間の連続であるかもしれない。数秒に感じているのが、数分、数時間に値することかもしれない。時間というのも当てにならない経験のような気がする。


ところで、サマンサたちは、杖が無くても呪文を大して唱えなくても、瞬間移動も出来れば時間を止めることも出来る。初めてハリー・ポッターを読んだとき、変な気がしたのは、その杖のせいだと気付いた。
杖を買いに行くところからして、その必要性を忘れていた。ハリポタでは杖と呪文がなければ、魔法は使えない。料理は杖を振り振り一から作っていて、テーブルにいきなりは並べられないし、その場で姿を消すことも違う場所への移動も大げさな感じがする。一体これが魔法使いなのかと、まどろこしいほどに思えた。
それに比べて、「奥様は魔女」は何とアメリカ的なことだろうか。大概のことは、頭に描いた瞬間、たちどころに意思通りにやってのけるのである。


サマンサの動画です。短いのを選んでみました。
下のとは違う話ですが、昔、再放送を見ていたときに
サマンサと母のエンドラが、ダーリンの顔をいじるシーンがありました。
目鼻立ちをちょっとずつ変えて、「ハンサム過ぎない?」と二人で笑っていました。



2011年12月22日木曜日

「Benny & Joon」とサム、ルーシー

アメリカで長く農学の研究職に就いていて、昨年、日本に帰って来た友人がいる。日本ではアメリカにいたときと同じ緯度のところで、仕事をしている。ときどき南下。

その友人から聞いた話。帰国する直前だったか、少し前だったか、ミシガンの方から大陸を横断して西海岸の方へ、車を走らせていたときに、小さな町の中でエンストし、路上で立ち往生してしまった。集まってきた人たちに、車を直すのが上手なひとはいないかと尋ねたら、皆が口をそろえて、ジョンだという。車のことなら、何でも分かるという。では、ジョンは何処か、と聞くと、ジョンはあそこだ。何と、そのジョンがすぐ横を通りかかっていた。

ジョンはもちろん、ばっちりと直してくれた。感謝して修理代金を尋ねると、晩ご飯を奢ってくれるだけでいいと言うので、一緒にダイナーで食事をしたそうだ。私は、今度友人に会ったら、この楽しい話をまたリクエストして聞いてみたいと思う。
名前がジョンでなかったら、ごめんね。

兄ベニーと、妹ジューンの物語
「Benny & Joon」(妹の恋人、1993アメリカ映画)



この映画は、出てくる人たちはみんな好きだし、兄妹の家もラブリーで好きですが、
わたしは自動車修理工のベニーが一番好きで、
ルーシーとの恋はどうなるのか心配しました。
*あらすじはこちらの「おちゃのま*しねま」さんで。
今、検索したら、しかるべきブログに出会ったというパターンですが、
よその方は、素晴らしいコメントを書かれていますね。


映画の主題歌
The Proclaimers 「I'm gonna be 500miles」


2011年12月21日水曜日

近場の異次元

お風呂に入ろうと脱衣所でいると、扉一枚挟んだだけの隣のリビングから、家族の話し声や雑音が聞こえてくる。浴室の中でも、どう響くのか割と大きく聞こえてくることもあるけれど、大概はそんな音も意識から消えてなくなる。それに窓からの車の騒音も大きい。


お風呂の中でひとりでいると、外から遮断されているような気がしてくる。私が髪を洗っている間に、うちの中には誰もいなくなっているのかもしれない。舞台から役者が消えるように。お風呂は切り取られたひとつの箱で、窓からの騒音はサービスで付けてくれたBGMなのかもしれない。


お風呂から上がって脱衣所に出ると、リビングにいる家族の声やテレビ(今は無いけれど)の音が聞こえてくる。また外の世界とつながったような気持ちになる。
ほら、「ライオンと魔女」で、子どもたちがクローゼットの奥に入ったら、別の国があって、そこでしばらく過ごして帰ってくると、クローゼットに入る直前直後と変わらず、ほとんど時間が経っていないというような、あれと同じ感覚。
物語とは違うのは、30分お風呂に入っていたら、その分、テレビで放映されていた映画も話が進んで終盤に差し掛かっていること。クライマックスの音がけたたまし、かった。今はテレビが無くて、雑音だけなのだけど。


リビングに出ると、飛び出す絵本のように、平面で横になっていた人や家具が起き上がり、声も立ち上げて、こしらえた空間のように感じる。
果たして、ここにいる私の家族は、さっきと同じ人たちなのだろうか。証拠はないもの。別の人間か物体がうまく家族とすり替わっているのかもしれない。と思いながら、鬼の居ぬ間に食べたらしい、アイスクリームの包みなどをゴミ箱に捨てる。


お風呂もそうだけど、トイレでも同じ。出てくるたびに、前と状況はほぼ同じで、自分自身も変わっていないことを鏡で確認しつつ、元いた場所に合わせるように出て行く。何食わぬ顔をして。



テーブルの上に台をときどき置きます。
上にも下にも空間ができます。
下に本を入れると、
即席の小さな本棚になります。
目が悪いので、もう本はあまり読むことはないのですが。