この間、車に乗っていて大変怖い思いをした。私は運転できないので後部座席にいたのだが、車の運転がどんなに危険か、胃から下が腑抜けになるくらい感じた。
それでも、我が家は車が必要な生活をしているし、乗り物に乗るのが好きな私は、うちの車が好き。今時「大衆車」と銘打たれる車はないと思うのだけれど、我が家の車は「大衆車」と言われるのがぴったりなほど恐ろしく地味で、あまりにも地味すぎて変に思われる車である。内装も見た人が絶句するほど簡素で、光るものがあまりない。時計も存在感の薄いアナログ時計だ。でも、スペースが充分で手足と胴が長い私には有り難い。
残念なのは、買い替えを念頭に置いておかねばならぬほど古くて、燃費が悪いこと。原油価格も高止まりで、円高でなければ一体幾らなのかと思う。これだけは円高で幸いだ。
ガソリン価格については、税金の二重取り問題とか、トリガー条項というのがあるらしいのだが、もう万事うやむやで高いままだろう。
電気自動車や省エネ型の車が開発されるのは歓迎だけれど、一人乗り用の小さな車とか、動く椅子みたいなものよりも、車らしい車が好きだなあ。それかいっそ地面を離れて走る物体とかね。
*空気を動力にして走る自動車 AirPod 「Gigazine」ニュースサイト
既に2年くらい前から開発されているとか。こういう形と割り切ろう。
*このAirPodを検索したら、「それ、ええがな」さんというサイトがすぐ出てきた。
拝見すると、バイクなどの乗り物中心に面白くてきれいなものをご紹介してくださっている。
「トルコライスマニアックス」(2007.12.9)の記事に、こんなところで遭遇するとはと驚いた。
夫は若い頃、バイト先近くの喫茶店で「トルコランチ」を食べるのが楽しみだったらしく、それはごはんとスパゲティが載ったお皿に、カレーがかかっていたものだったらしい。
トルコランチが正式には何なのか分からないまま記憶に残っていたそうで、うちでカレーを食べるときに何回かに一回は、ご飯だけではなくスパゲティも少量茹でて、ワンプレートに盛り付けて「トルコランチ」と称して食べるようになった。
ある日、夫は「トルコランチ」を検索し、確かに存在していたのを知って喜んでいた。
*原油高騰だけではなく、世界的に大凶作で、小麦粉の価格も当然上がる。
日本麵・菓子用8%値上げ
*未来のコンピューターはアナログ式(WIRED) 消費電力から考えた研究だそうだ。
「結果の正確さに多少難があっても構わない」という発想に、少し妬んでしまう。
私は頭が硬くてパラダイムの転換が苦手、それにたくさん難があるからだ。
2012年8月29日水曜日
2012年8月28日火曜日
お手入れは簡単に、その1。
暑くて、息が詰まるような一週間だった。
さて、まずは白髪のお話。美容院で定期的にカラーリング(ヘアマニキュア)してもらっているが、全く無害というわけでもないし、経済的にも頻繁には出来ず、ある日を境に白髪が突然目立ってくる。
こういうのをどうしたらよいのか、部分的に染めたほうがいいのかと美容師さんに相談をすると、マスカラを塗れば簡単と勧められた。それも、100均ので充分だと言われる。
私は視力も悪いけれど、角膜やら結膜やら目自体も弱く、アイメイクをしないからマスカラを持っていない。大体お化粧もろくに出来ないので困る。
私にマスカラが分かるのだろうかと思いながら、100均ではなくドラッグストアに寄った。かなり前に美容師さんが250円の眉墨を勧めてくれたのと同じシリーズでマスカラがないかと探してみたら、残念ながら無かった。
それで赤茶系で安くて安全そうなの?を買って帰り、前髪の白髪が目立ち始めた頃に、塗ってみると面白いように染まって分からない。へええと感心して、毎日出かける前にちょこちょこ付けるようになった。見えないところは仕方がないと諦めることにした。
でも、ある日、マスカラ一本で、どれくらい保つのだろうかと消費量が気になった。コストを心配するうちに、美容院で白髪染めをする日になり、翌日からはしばらくマスカラを塗らなくていいことに気がついた。その日が来るまで分からなかった。
お世話になっている美容院はとってもリーズナブル。指名料とかサービス料とかをレジで恐ろしく加算される心配がない。ポイントカードもないし、お飲み物サービスもない。とても気楽。
そのうえ、美容師さんも同年代の女性なので、話をしやすいし、話さなくてもよいし、何より腕がよい。私はヘアスタイルを決めるのが苦手で全面的にお任せしたいくらいだ。幾つか提案してもらっても、どれもよいような気がする。だけど、
「それくらいは自分で決めましょう」ときっぱり言われる。
髪型の選択以外は何も緊張することがないので、つい脱力しているのだが、私の顔は脱力すると20歳くらい老けることに気がついた。洗髪の時も、顔に力を入れておこうと思う。
追記: いつも美容師さんからアドバイスしてもらうのは、
○白髪を気にするよりも、洗髪後よく乾かすことが大事
○頭皮マッサージをすること
全然関係ないけれど、リストのこの曲はrcsicaさんのチャンネルで知った。残念ながら、まだ練習中のをアップされたままなので、上の方の動画にした。
rcsicaさんの選曲が結構好みで、中でもブラジルの作曲家やポルトガルのSeixasに興味を持って、無料楽譜を探したことがある。
次のはrcsicaさんの弾くリャードフ。
ロシアの作曲家リャードフは8月28日(当時使われていたユリウス暦では8月15日)に亡くなったそうだ。リャードフは、「音楽の玉手箱(オルゴール)」が有名、なかなか可愛い曲で好ましい。リャードフはとても怠け者だったそうなので、親近感を覚えるが、才能や能力は豊かだったらしい(wiki.jp)。
プレリュードは夏の終わりに聞く曲ではないけれど、以前練習したことがあるので。
だらだらと長く書いて、申し訳なくも、今日も無事終えたと感謝して終わり。
何で話が長くなったのかというと、髪の話だったからだろうか。
さて、まずは白髪のお話。美容院で定期的にカラーリング(ヘアマニキュア)してもらっているが、全く無害というわけでもないし、経済的にも頻繁には出来ず、ある日を境に白髪が突然目立ってくる。
こういうのをどうしたらよいのか、部分的に染めたほうがいいのかと美容師さんに相談をすると、マスカラを塗れば簡単と勧められた。それも、100均ので充分だと言われる。
私は視力も悪いけれど、角膜やら結膜やら目自体も弱く、アイメイクをしないからマスカラを持っていない。大体お化粧もろくに出来ないので困る。
私にマスカラが分かるのだろうかと思いながら、100均ではなくドラッグストアに寄った。かなり前に美容師さんが250円の眉墨を勧めてくれたのと同じシリーズでマスカラがないかと探してみたら、残念ながら無かった。
それで赤茶系で安くて安全そうなの?を買って帰り、前髪の白髪が目立ち始めた頃に、塗ってみると面白いように染まって分からない。へええと感心して、毎日出かける前にちょこちょこ付けるようになった。見えないところは仕方がないと諦めることにした。
でも、ある日、マスカラ一本で、どれくらい保つのだろうかと消費量が気になった。コストを心配するうちに、美容院で白髪染めをする日になり、翌日からはしばらくマスカラを塗らなくていいことに気がついた。その日が来るまで分からなかった。
お世話になっている美容院はとってもリーズナブル。指名料とかサービス料とかをレジで恐ろしく加算される心配がない。ポイントカードもないし、お飲み物サービスもない。とても気楽。
そのうえ、美容師さんも同年代の女性なので、話をしやすいし、話さなくてもよいし、何より腕がよい。私はヘアスタイルを決めるのが苦手で全面的にお任せしたいくらいだ。幾つか提案してもらっても、どれもよいような気がする。だけど、
「それくらいは自分で決めましょう」ときっぱり言われる。
髪型の選択以外は何も緊張することがないので、つい脱力しているのだが、私の顔は脱力すると20歳くらい老けることに気がついた。洗髪の時も、顔に力を入れておこうと思う。
追記: いつも美容師さんからアドバイスしてもらうのは、
○白髪を気にするよりも、洗髪後よく乾かすことが大事
○頭皮マッサージをすること
Liszt
Un sosipiro(ため息)
rcsicaさんの選曲が結構好みで、中でもブラジルの作曲家やポルトガルのSeixasに興味を持って、無料楽譜を探したことがある。
次のはrcsicaさんの弾くリャードフ。
Liadov
prelude op.40 no.3
ロシアの作曲家リャードフは8月28日(当時使われていたユリウス暦では8月15日)に亡くなったそうだ。リャードフは、「音楽の玉手箱(オルゴール)」が有名、なかなか可愛い曲で好ましい。リャードフはとても怠け者だったそうなので、親近感を覚えるが、才能や能力は豊かだったらしい(wiki.jp)。
プレリュードは夏の終わりに聞く曲ではないけれど、以前練習したことがあるので。
だらだらと長く書いて、申し訳なくも、今日も無事終えたと感謝して終わり。
何で話が長くなったのかというと、髪の話だったからだろうか。
2012年8月22日水曜日
夏のロードムービー
夏なので、思い出した映画。
「世界最速のインディアン」(wiki.jp)
インディアンとは、1920年型オートバイのブランド。アンソニー・ホプキンス演じるバート・マンローが改造バイクの改良に日夜励み、ニュージーランドの田舎町からアメリカのユタ州ソルトフラッツでのレースに参加する映画。
ソルトフラッツに着く前も着いてからも、モテモテのバート・マンロー。中でも、私はオカマの受付嬢とのやりとりが好きで、オカマ嬢が出ているところは何度も見返した。
もうひとつ、
「The Station Agent」
パトリシア・クラークソンが好きな友達に勧められて見た映画。
もうひとつ、映画を見ながらずっと、ワゴン車でコーヒースタンドを開いているジョーの売り上げ、つまり日々の糧ばかり心配してしまった。私にはトイレと同じくらい、いつも気に掛かる問題。
工事中
「世界最速のインディアン」(wiki.jp)
インディアンとは、1920年型オートバイのブランド。アンソニー・ホプキンス演じるバート・マンローが改造バイクの改良に日夜励み、ニュージーランドの田舎町からアメリカのユタ州ソルトフラッツでのレースに参加する映画。
The World's fastest Indian(2005)
世界最速のインディアン
ソルトフラッツに着く前も着いてからも、モテモテのバート・マンロー。中でも、私はオカマの受付嬢とのやりとりが好きで、オカマ嬢が出ているところは何度も見返した。
もうひとつ、
「The Station Agent」
パトリシア・クラークソンが好きな友達に勧められて見た映画。
小人症の主人公フィンが、友人の遺言で古い駅舎を譲り受け、そこで知り合ったオリヴィア(パトリシア・クラークソン)とジョーらと交流を深めていく物語。
よい映画だったが残念なのは、主人公が煙草を吸っていたこと。もうひとつ、映画を見ながらずっと、ワゴン車でコーヒースタンドを開いているジョーの売り上げ、つまり日々の糧ばかり心配してしまった。私にはトイレと同じくらい、いつも気に掛かる問題。
The Station Agent(2003)
trailer
夏の鉄橋シーン
工事中
2012年8月19日日曜日
ソファや車のファブリック
車の点検の時期が近づいている。去年の車検の時に燃費の良い車に買い替えようと検討したが、あまり気に入る車がなくて見送った。私は運転はできなくて家人が運転するのみだが、今の車には長く乗っているので非常に愛着がある。
それでも、いつ故障するか分からないし、知りたいこともあって、「何とかフェア」をやっているディーラーに行ってみた。かなり値落ちした中古車があって、面白いので見せてもらった。
我が家の簡素な車と比べると、シートが革張りというだけで高級感がある。それも、艶のないタイプで好ましかったけれども、革というのはシートとしては難しいかもしれない。というのは、以前東京の家具屋さんのHP*で、家のソファや自動車のシートには布製の張り地が適しているというようなことを読んだ記憶があるからだ。
営業の方も「日光でひび割れたりしてきますね、屋根付きの車庫がいいですね」と説明してくれたが、我が家の車は、家でも出先でもどこでも吹きっさらしの炎天下、路上駐車が運命なので、革製シートは無理だろう。
ちょっとここで話が逸れてあれこれ書いていたのだが、別の機会に書き直すことにして、シートの話に絞ることにする。
改めて東京の家具屋さんのHPを読み返してみると、椅子張り専用の布地は、革と比べて滑りにくく、耐摩耗性があって丈夫なので、自動車のシートの張り地にも使われるし、湿度の高い日本のソファには特にお勧めということだった。
また私は、地元の家具屋さんで話をちらりと聞くことがあって、ソファは布製をお勧めすることが多いと聞いたことがある。もちろん、革製のソファも長年取り扱っておられて、用途やインテリア、好みに合わせてアドバイスされていて、どちらかに優劣をつけるようなことではない。
さて、その東京の家具屋さんは「空間工房(東京家具工業株式会社)」と仰るのだが、数年前、格子戸か何かで検索していたときに出てきたお店で、家具の説明が他の家具店と違ってとても面白かった。
ソファについても、日本の家庭では何故ソファの前に座ってテレビを見てしまうか、ソファがいかに座りにくく、姿勢を保つのが難しいか丁寧に書かれていて、そうよそうよと頷いたものだった。
今はテレビや周辺機器が大きく変わり、日本の住環境、リビングの広さなども変化しているし、ソファ自体も進化を遂げいているだろうから、お分かりになりにくい方もいらっしゃるかもしれない。でも、私も、ソファに座るのが苦手だった。座り心地がよいとか、お茶を飲みやすいとか、話をしやすいとかの使い勝手の良いソファに滅多に出会ったことがなかった。空間工房さんの言われるとおりにソファの前に座って、ソファを背もたれにすることが多くて、それが大変不愉快なのだった。
我が家のソファは、コーナーをくっつけたもので腰に負担は掛かるし、横になって仮眠もできなくて、今は二手に分けて使っている。
私は寝椅子が欲しくてたまらない。ディヴァン、カウチと呼ばれるようなタイプの寝椅子が欲しい。そこに横たわれば、まさに廉価版格安『オブローモフ(女性形にすべきだが)』*になってしまって、もう起きてこないかもしれない。
*空間工房(東京家具工業株式会社)top
ソファ ソファの役割や機能、張り地について、途中から説明があります。
他のアイテムも、親切な説明や家具の配置に関するヒントを書かれています。
例えば、食器棚は、開き戸より引き戸のほうが使いやすいが、引き戸ではデザインがモダンなイメージになりにくいから造りを工夫をしたなど。
*「オブローモフの生涯より」(映画) まだ見たことがありません。原作は読みかけて、面倒になって読み切れませんでした。
それでも、いつ故障するか分からないし、知りたいこともあって、「何とかフェア」をやっているディーラーに行ってみた。かなり値落ちした中古車があって、面白いので見せてもらった。
我が家の簡素な車と比べると、シートが革張りというだけで高級感がある。それも、艶のないタイプで好ましかったけれども、革というのはシートとしては難しいかもしれない。というのは、以前東京の家具屋さんのHP*で、家のソファや自動車のシートには布製の張り地が適しているというようなことを読んだ記憶があるからだ。
営業の方も「日光でひび割れたりしてきますね、屋根付きの車庫がいいですね」と説明してくれたが、我が家の車は、家でも出先でもどこでも吹きっさらしの炎天下、路上駐車が運命なので、革製シートは無理だろう。
ちょっとここで話が逸れてあれこれ書いていたのだが、別の機会に書き直すことにして、シートの話に絞ることにする。
改めて東京の家具屋さんのHPを読み返してみると、椅子張り専用の布地は、革と比べて滑りにくく、耐摩耗性があって丈夫なので、自動車のシートの張り地にも使われるし、湿度の高い日本のソファには特にお勧めということだった。
また私は、地元の家具屋さんで話をちらりと聞くことがあって、ソファは布製をお勧めすることが多いと聞いたことがある。もちろん、革製のソファも長年取り扱っておられて、用途やインテリア、好みに合わせてアドバイスされていて、どちらかに優劣をつけるようなことではない。
さて、その東京の家具屋さんは「空間工房(東京家具工業株式会社)」と仰るのだが、数年前、格子戸か何かで検索していたときに出てきたお店で、家具の説明が他の家具店と違ってとても面白かった。
ソファについても、日本の家庭では何故ソファの前に座ってテレビを見てしまうか、ソファがいかに座りにくく、姿勢を保つのが難しいか丁寧に書かれていて、そうよそうよと頷いたものだった。
今はテレビや周辺機器が大きく変わり、日本の住環境、リビングの広さなども変化しているし、ソファ自体も進化を遂げいているだろうから、お分かりになりにくい方もいらっしゃるかもしれない。でも、私も、ソファに座るのが苦手だった。座り心地がよいとか、お茶を飲みやすいとか、話をしやすいとかの使い勝手の良いソファに滅多に出会ったことがなかった。空間工房さんの言われるとおりにソファの前に座って、ソファを背もたれにすることが多くて、それが大変不愉快なのだった。
我が家のソファは、コーナーをくっつけたもので腰に負担は掛かるし、横になって仮眠もできなくて、今は二手に分けて使っている。
私は寝椅子が欲しくてたまらない。ディヴァン、カウチと呼ばれるようなタイプの寝椅子が欲しい。そこに横たわれば、まさに廉価版格安『オブローモフ(女性形にすべきだが)』*になってしまって、もう起きてこないかもしれない。
*空間工房(東京家具工業株式会社)top
ソファ ソファの役割や機能、張り地について、途中から説明があります。
他のアイテムも、親切な説明や家具の配置に関するヒントを書かれています。
例えば、食器棚は、開き戸より引き戸のほうが使いやすいが、引き戸ではデザインがモダンなイメージになりにくいから造りを工夫をしたなど。
*「オブローモフの生涯より」(映画) まだ見たことがありません。原作は読みかけて、面倒になって読み切れませんでした。
2012年8月17日金曜日
一休み
お盆の間、リビングの壁の塗り替えをした。我が家は借家なのだが、大家さんから許可を得て、あちこち壁を自分たちで塗っている。今回は10年くらい前に塗ったところの塗り直し。色は引き続き白系であまり面白くないが、さっぱりときれいになった。
これでこの夏、私のささくれていた気持ちも、だいぶ収まった。
アイスティーにピスタチオ。
ピスタチオといえば、夏前に、音信不通になっていた人からのお土産というイランのピスタチオをお裾分けでもらった。会ったことはないが時折話題になる人で、無事でよかったねえと思った。でも、ピスタチオの小さな缶の蓋には英語が大きく書かれていた。ハートマークで囲んであった。国同士、喧嘩をしていても、英語とマーケットには勝てないね。
ともあれ、こちらからは見えない世界のことで心配をしていたら、「○○○(名前適当)、ハート」みたいな感じで返ってきたような。本当に、心配など要らぬお世話だった。
ただ、ピスタチオは本場のはずなのにあまり美味しくなかった。
2012年8月13日月曜日
今日はおぼんだったのか
この夏は妙に気持ちがささくれ立つ。
いつも、気持ちが落ち込んだときに開く本が数冊あるのだが、それらを当てずっぽうにめくれば、どれも必ず「感謝が足りない」と出てくる。それが分かっているので、もう本を手にすることすら止めた。
昨晩、ふと、あるフレーズが耳に浮かんできた。何かなと思ったら、Violeta Parraの「Gracias a la vida」だった。淡々と叙情的で、繰り返し聞けるとても好きな曲だ。でも、今まで歌詞は知らなかった。
そこで、改めて歌詞を読んでみたが、うーん、昨日も今日も歌詞には、あまり気持ちが入っていかない。それでも、曲は好きだが。
感謝どころか、目一杯愚痴っていたい。何が嫌だって、全ての原因が自分であるのが嫌だ。おまけに陳腐で矮小すぎて、自慢できる愚痴がひとつもない。
さらに今日は、
「あれから5年、大不況は終身刑となりつつあります」というタイトルに打ちひしがれた(今日の覚書、集めてみました様ブログ)。
そういえば、今日の覚書様は、ちょっと前の「笑顔は『心臓に良い』」というエントリーで、「引きずってどうする、愚痴・不平・不満を言っている間は原因は憑いて回る」と書いてくださっていた。
うん、何だかどうでもよくなってきたよ。でも、明日になれば、また愚痴ってしまうんだ。
と、ここでアップしようとして、ヴィオレッタ・パラについて、Wikipediaを読んでびっくり。この曲を作った翌年、自殺したそうである。ヴィオレッタ・パラの曲は、当ブログでも「ねじれていく」(2012.4.13)にメルセデス・ソーサが歌う「Volver a los 17」を取り上げているが、パラ自身については、全然知らなかった。
いつも、気持ちが落ち込んだときに開く本が数冊あるのだが、それらを当てずっぽうにめくれば、どれも必ず「感謝が足りない」と出てくる。それが分かっているので、もう本を手にすることすら止めた。
昨晩、ふと、あるフレーズが耳に浮かんできた。何かなと思ったら、Violeta Parraの「Gracias a la vida」だった。淡々と叙情的で、繰り返し聞けるとても好きな曲だ。でも、今まで歌詞は知らなかった。
そこで、改めて歌詞を読んでみたが、うーん、昨日も今日も歌詞には、あまり気持ちが入っていかない。それでも、曲は好きだが。
感謝どころか、目一杯愚痴っていたい。何が嫌だって、全ての原因が自分であるのが嫌だ。おまけに陳腐で矮小すぎて、自慢できる愚痴がひとつもない。
さらに今日は、
「あれから5年、大不況は終身刑となりつつあります」というタイトルに打ちひしがれた(今日の覚書、集めてみました様ブログ)。
そういえば、今日の覚書様は、ちょっと前の「笑顔は『心臓に良い』」というエントリーで、「引きずってどうする、愚痴・不平・不満を言っている間は原因は憑いて回る」と書いてくださっていた。
うん、何だかどうでもよくなってきたよ。でも、明日になれば、また愚痴ってしまうんだ。
と、ここでアップしようとして、ヴィオレッタ・パラについて、Wikipediaを読んでびっくり。この曲を作った翌年、自殺したそうである。ヴィオレッタ・パラの曲は、当ブログでも「ねじれていく」(2012.4.13)にメルセデス・ソーサが歌う「Volver a los 17」を取り上げているが、パラ自身については、全然知らなかった。
Violeta Parra
「Gracias a la vida」(1966年)
命への感謝
歌詞は例によってこちらから→☆
Gracias a la vida que me ha dado tanto
わたしにたくさんのものをくれた命に感謝する
Me dio dos luceros que cuando los abro
二つの目をくれた。それは開くと、
Perfecto distingo lo negro del blanco
完全に見分けられる。黒と白を
Y en el alto cielo su fondo estrellado
そして、高い空に星がちりばめられた底も
Y en las multitudes el hombre que yo amo
大勢のなかにいるわたしの愛する人も
Gracias a la vida que me ha dado tanto
わたしにたくさんのものをくれた命に感謝する
Me ha dado el oído que en todo su ancho
耳をくれた。耳を澄ませば
Graba noche y día grillos y canarios
夜でも昼でも分かる。コオロギ、カナリアの鳴き声が
Martirios, turbinas, ladridos, chubascos
ハンマー、風車、犬の鳴き声、雨音が
Y la voz tan tierna de mi bien amado
わたしの恋人のほんとうにやさしい声が
Gracias a la vida que me ha dado tanto
わたしにたくさんのものをくれた命に感謝する
Me ha dado el sonido y el abecedario
わたしに音と文字をくれた。
Con él, las palabras que pienso y declaro
それとともに、わたしが考え、話すことばをくれた
Madre, amigo, hermano
母、友、兄弟
Y luz alumbrando la ruta del alma del que estoy amando
わたしの恋人の魂の道を照らす光をくれた
Gracias a la vida que me ha dado tanto
わたしにたくさんのものをくれた命に感謝する
Me ha dado la marcha de mis pies cansados
疲れた足でも歩けるようにしてくれた
Con ellos anduve ciudades y charcos
それを使い歩いてきた。いくつもの町、沼を
Playas y desiertos, montañas y llanos
浜辺と砂漠、山と平野を
Y la casa tuya, tu calle y tu patio
そしてあなたの家、あなたの住む通りとあなたの憩う庭を
Gracias a la vida que me ha dado tanto
わたしにたくさんのものをくれた命に感謝する
Me dio el corazón que agita su marco
かごの中でときめく心をくれた
Cuando miro el fruto del cerebro humano
人の頭が考えたことが分かった時
Cuando miro el bueno tan lejos del malo
悪から遠く離れた善が分かった時
Cuando miro el fondo de tus ojos claros
あなたの澄んだ目の奥にあるものが分かった時
Gracias a la vida que me ha dado tanto
わたしにたくさんのものをくれた命に感謝する
Me ha dado la risa y me ha dado el llanto
わたしに微笑みと涙をくれた
Así yo distingo dicha de quebranto
それで幸せと悲しみが区別できる
Los dos materiales que forman mi canto
わたしの歌を形作る二つの素材
Y el canto de ustedes que es el mismo canto
そしてその同じ歌があなたの歌にもなる
Y el canto de todos que es mi propio canto
そして私自身の歌がみんなの歌になる
Gracias a la vida, gracias a la vida
命に感謝、命に感謝
2012年8月11日土曜日
詰まったり、詰まらなかったり
昨日は、ピアノのお稽古だった。例によって例の曲を弾く。
今まで、生徒(小さい子をのぞく)を滅多なことでは褒めない先生が、「うまくなったじゃない」と仰ってくださった。
でも、うっかり「うっ、まく」と言いかけてしまったので、仕方なく最後まで言い切ってしまわれたようだった。
さらに、「やれば、普通に出来るじゃない」。それこそ行きがけの駄賃(7/6)で言っていただいた。この先生は、前記事のA先生ではない。うさぎブログのU先生とお呼びしよう。
ともあれ、最初が悪すぎたので、ようやく何とか詰まらずに弾けるようになっただけのこと。スラダンでいうと、花道がジャンプシュート決めて、花道を知る他校のチームがびっくりしている感じ。
私が長い間習っている割に、余りに進歩がないし練習もしないので、いつだったか、
「練習するのが好きじゃないのだったら、他にしたいことがあるんじゃないですか。ピアノでなくても、趣味はいろいろありますよね」
と、先日引用させてもらった斎藤雅広さん(8/2記)ではないが、先生にも私は言われたことがある。大変、ショックだった。私は、U先生に教えていただいていることが、大いなる喜びで自慢だった。U先生は、教師でもあるが、素晴らしいピアニストで、これ以上の先生はいらっしゃらないと思う。
うーん、破門?
そういえば、斎藤さんが、よもや私のブログに目を通されることはないと思うが、私に都合の良い抜き書きをしてしまったので、あれでは読む人に誤解を生じていることだろう。もう少し丁寧にフェアな書き方をすればよかった。斎藤さんも、U先生も、いきなり学習者を門前払いをするとか、別の道を行けと言われているわけではなかった。
現に斎藤さんが、NHKの「趣味悠々」で教えていらっしゃるのを一度だけ見たことがあるが、初心者のために曲をアレンジして、音楽的に、弾く人も聞く人も満足できて共に喜べるように工夫をしていたし、とても丁寧に指導していたのが印象に残っている。
生徒を選び、ハードルを上げて、これを飛べない人は駄目よではなく、レッスンの場に利権も特権もそこには設けていなかった。
私が保存しておいた、その斎藤さんの「Q&A」は、プロを目指す人たちに向けての、覚悟を求める叱咤激励だったと思う。周囲から変人と言われてもやりたいのならやりとおせ、のたれ死にしたら親は骨を拾ってやれ、とまで書かれていた。プロになるなら、音楽でもスポーツでも、お金が掛かるというのも真実だろう。過激に見える部分以外をきちんと書いておくべきだったと反省している。まあ、大部分が意図的に過激だったが。
ところで、私の場合、私自身が進歩がなくて辛い以上に、U先生も苦しかった、つまらなかったのではないかと思う。いくら辛抱強く、練習の仕方まで細かく教えても、やってこない生徒には、時間もお金も無駄だと思われるのは無理がない。私も、友達が何かで行き詰まっているのを聞くと、気分転換や別のことをやればと勧めるもの。
要は、今回たまたま引用させてもらった教師としての斎藤さんもU先生も、生徒のやる気を問うていて、真剣な質問なら内容が稚拙に見えたとしても答えてくれただろうし、斎藤さんは生真面目にQ&Aで回答していた。斎藤さんに限らず、先生というものは、必ず何とか応えてくれる有り難いものだと思う。
ということで、私も生徒として、初心忘るべからずと姿勢を正すことにした。楽しみでやっているので、音楽を聞きかじるだけでも上澄みだけでも充分と思うけれど、レッスンでは、近頃なあなあで適当にやっているという感じで、先生には申し訳なかったと反省している。
さて、昨日は先生に持ち上げていただいたが、いつも通り、すぐ「口を開けたまま、しゃべるような弾き方をしない」、「リズムはウッ、ダダ、ウッダダではなく、ウタタウタタ」など変なところをいっぱい訂正していただいた。
どういう弾き方がいいか、自分でも試すように言われた。もちろん、前々からそうするようにご指導はあったが。その試行錯誤もあまり無駄なことはしないように、教えてくださっている。ただ、先生のお宅を一歩出ると、すっかり忘れてしまう。
気分が乗っている間に練習をしよう。私はいろいろとすぐ落ち込む質だ。人生球拾いのつもりで、気分を上げよう(この間、久しぶりに野球をちらっと見たからね)。
最後に、全然関係のない話。お金持ちのご一家がご近所にいらっしゃるのだが、とてもダンディなご主人に「こんにちは」とご挨拶をすると、「はいはいはい」と返事をしてもらったことがある。私のような貧乏人は、子どものようにしか見えないのかもと思った。
いやあ、お金持ちは、何事も煮詰まったりしないのだろうなあ。
「はいはいはい」。この調子で、しばらくやってみようかなあ。
今まで、生徒(小さい子をのぞく)を滅多なことでは褒めない先生が、「うまくなったじゃない」と仰ってくださった。
でも、うっかり「うっ、まく」と言いかけてしまったので、仕方なく最後まで言い切ってしまわれたようだった。
さらに、「やれば、普通に出来るじゃない」。それこそ行きがけの駄賃(7/6)で言っていただいた。この先生は、前記事のA先生ではない。うさぎブログのU先生とお呼びしよう。
ともあれ、最初が悪すぎたので、ようやく何とか詰まらずに弾けるようになっただけのこと。スラダンでいうと、花道がジャンプシュート決めて、花道を知る他校のチームがびっくりしている感じ。
私が長い間習っている割に、余りに進歩がないし練習もしないので、いつだったか、
「練習するのが好きじゃないのだったら、他にしたいことがあるんじゃないですか。ピアノでなくても、趣味はいろいろありますよね」
と、先日引用させてもらった斎藤雅広さん(8/2記)ではないが、先生にも私は言われたことがある。大変、ショックだった。私は、U先生に教えていただいていることが、大いなる喜びで自慢だった。U先生は、教師でもあるが、素晴らしいピアニストで、これ以上の先生はいらっしゃらないと思う。
うーん、破門?
そういえば、斎藤さんが、よもや私のブログに目を通されることはないと思うが、私に都合の良い抜き書きをしてしまったので、あれでは読む人に誤解を生じていることだろう。もう少し丁寧にフェアな書き方をすればよかった。斎藤さんも、U先生も、いきなり学習者を門前払いをするとか、別の道を行けと言われているわけではなかった。
現に斎藤さんが、NHKの「趣味悠々」で教えていらっしゃるのを一度だけ見たことがあるが、初心者のために曲をアレンジして、音楽的に、弾く人も聞く人も満足できて共に喜べるように工夫をしていたし、とても丁寧に指導していたのが印象に残っている。
生徒を選び、ハードルを上げて、これを飛べない人は駄目よではなく、レッスンの場に利権も特権もそこには設けていなかった。
私が保存しておいた、その斎藤さんの「Q&A」は、プロを目指す人たちに向けての、覚悟を求める叱咤激励だったと思う。周囲から変人と言われてもやりたいのならやりとおせ、のたれ死にしたら親は骨を拾ってやれ、とまで書かれていた。プロになるなら、音楽でもスポーツでも、お金が掛かるというのも真実だろう。過激に見える部分以外をきちんと書いておくべきだったと反省している。まあ、大部分が意図的に過激だったが。
ところで、私の場合、私自身が進歩がなくて辛い以上に、U先生も苦しかった、つまらなかったのではないかと思う。いくら辛抱強く、練習の仕方まで細かく教えても、やってこない生徒には、時間もお金も無駄だと思われるのは無理がない。私も、友達が何かで行き詰まっているのを聞くと、気分転換や別のことをやればと勧めるもの。
要は、今回たまたま引用させてもらった教師としての斎藤さんもU先生も、生徒のやる気を問うていて、真剣な質問なら内容が稚拙に見えたとしても答えてくれただろうし、斎藤さんは生真面目にQ&Aで回答していた。斎藤さんに限らず、先生というものは、必ず何とか応えてくれる有り難いものだと思う。
ということで、私も生徒として、初心忘るべからずと姿勢を正すことにした。楽しみでやっているので、音楽を聞きかじるだけでも上澄みだけでも充分と思うけれど、レッスンでは、近頃なあなあで適当にやっているという感じで、先生には申し訳なかったと反省している。
さて、昨日は先生に持ち上げていただいたが、いつも通り、すぐ「口を開けたまま、しゃべるような弾き方をしない」、「リズムはウッ、ダダ、ウッダダではなく、ウタタウタタ」など変なところをいっぱい訂正していただいた。
どういう弾き方がいいか、自分でも試すように言われた。もちろん、前々からそうするようにご指導はあったが。その試行錯誤もあまり無駄なことはしないように、教えてくださっている。ただ、先生のお宅を一歩出ると、すっかり忘れてしまう。
気分が乗っている間に練習をしよう。私はいろいろとすぐ落ち込む質だ。人生球拾いのつもりで、気分を上げよう(この間、久しぶりに野球をちらっと見たからね)。
最後に、全然関係のない話。お金持ちのご一家がご近所にいらっしゃるのだが、とてもダンディなご主人に「こんにちは」とご挨拶をすると、「はいはいはい」と返事をしてもらったことがある。私のような貧乏人は、子どものようにしか見えないのかもと思った。
いやあ、お金持ちは、何事も煮詰まったりしないのだろうなあ。
「はいはいはい」。この調子で、しばらくやってみようかなあ。
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